アルバムレビュー：Sentimental Hygiene by Warren Zevon

発売日: 1987年8月29日
ジャンル: ロック、ハードロック、アダルトコンテンポラリー

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
歌詞の深読みと文化的背景
- 関連記事:

概要

『Sentimental Hygiene』は、ウォーレン・ジヴォンが1987年に発表した6作目のスタジオアルバムであり、
薬物依存症からのリハビリを経て復活を遂げた、圧倒的なカムバック作である。

1980年代前半、依存症と自己破壊的な生活によって音楽活動が停滞していたジヴォンだったが、
本作では自らの過去と真正面から向き合いながらも、ユーモアとロックンロール魂を失わない、
非常に力強いサウンドを取り戻している。

プロデュースにはニール・ヤング、マイケル・スタイプ（R.E.M.）、ボブ・ディラン、ドン・ヘンリーら
錚々たる仲間たちがゲスト参加。
バックバンドにはR.E.M.のメンバー（ピーター・バック、マイク・ミルズ、ビル・ベリー）が全面協力しており、
80年代後半のオルタナティブ・ロックシーンとの見事な橋渡しにもなっている。

全曲レビュー

1. Sentimental Hygiene

アルバムタイトル曲。
過去の依存症と自己破壊を自嘲的に振り返りながら、
新たな再生への一歩を力強く踏み出すロックナンバー。

2. Boom Boom Mancini

実在のボクサー、ブームブーム・マンチーニを題材に、
暴力、運命、名声の儚さを鋭く描いたダイナミックな一曲。

3. The Factory

アメリカの労働者階級の苦悩を静かに描写する、
社会派バラード。
ブルース・スプリングスティーンを思わせるリアリティを持つ。

4. Trouble Waiting to Happen

ドタバタとした人生を、軽快なリズムに乗せてユーモラスに振り返る。
社会と個人のズレをジヴォン流に皮肉る一曲。

5. Reconsider Me

愛と許しを求める切ないバラード。
ジヴォンのソングライターとしての純粋なメロディ感覚が光る。

6. Detox Mansion

リハビリ施設での体験を元にした、
ブラックユーモア溢れるロックチューン。
笑いながらもどこか痛みが滲む。

7. Bad Karma

人生の悪循環を、鋭いギターリフに乗せて描いたアグレッシブなロックナンバー。

8. Even a Dog Can Shake Hands

音楽業界の冷酷なビジネス面を皮肉った、痛快なロックンロール。

9. The Heartache

個人的な喪失感と後悔をテーマにした、内省的で叙情的なバラード。

10. Leave My Monkey Alone

ファンク色の強いリズムナンバー。
「モンキー（＝依存症）」を手放すことへの苦闘を描く、シリアスかつユーモラスな締めくくり。

総評

『Sentimental Hygiene』は、
ウォーレン・ジヴォンが
自らの地獄をくぐり抜けた後に生み出した、痛烈で希望に満ちたアルバムである。

ここには、過去への反省も、苦い自嘲も、社会への鋭い視線も、
すべてがある。
だが同時に、
どんなに荒れた道を歩んでも、なお音楽を武器にして立ち上がる、
ジヴォンの不屈の精神も感じられる。

サウンドはタイトかつエネルギッシュで、
60年代〜70年代的なシンガーソングライター像から脱皮し、
80年代後半のオルタナティブロックにも通じるラフな力強さを獲得している。

『Sentimental Hygiene』は、
ウォーレン・ジヴォンの新たな始まりを告げた記念碑的アルバムなのだ。

歌詞の深読みと文化的背景

1987年――
冷戦末期、アメリカ社会はレーガノミクスによる経済成長の一方で、
貧富の格差、ドラッグ問題、社会的分断が広がっていた。

『Sentimental Hygiene』は、
そんな社会の矛盾を背景に、
個人の闘いと社会への批評を鋭く織り交ぜた作品である。

「Detox Mansion」では、
リハビリ施設でのセレブリティ文化を痛烈に風刺し、
「The Factory」では、
忘れられた労働者たちの悲哀を静かに描き、
「Boom Boom Mancini」では、
暴力と名声のむなしさを突きつける。

ウォーレン・ジヴォンは、
決して説教的にはならない。
彼はただ、
“壊れた世界でも、人は生き続けるしかない”
という、
不器用で美しい真実を歌い続けたのである。