1. 歌詞の概要
「Seether」は、アメリカのオルタナティヴ・ロックバンド、Veruca Saltのデビュー・シングルにして、1994年リリースのアルバム『American Thighs』にも収録された代表曲である。この楽曲は、リリース当時から強烈なインパクトを放ち、グランジ〜オルタナティヴ・シーンにおいて“女性ロックバンド”のイメージを一新する存在となった。
タイトルの“Seether”は、抑えきれない怒りや苛立ち、“内なる獣”といった意味を含み、歌詞全体を通して「自分のなかに住みつくコントロール不能な感情」との葛藤が描かれている。
楽曲の主人公は、自分の中にいる“Seether”という衝動や怒り、破壊的な欲求に振り回されながらも、それを“どうしようもないもの”として受け入れざるを得ないもどかしさを歌う。その“Seether”が女性的な怒りや情動に重なることで、従来の“怒りは男性のもの”というロックの固定観念を痛烈に打ち壊し、多くのリスナーの共感と熱狂を呼んだ。
2. 歌詞のバックグラウンド
Veruca Saltは、シカゴを拠点に結成された女性ツインボーカル（ルイーズ・ポスト＆ニーナ・ゴードン）のロックバンドで、グランジ全盛の90年代中盤に現れた。
「Seether」はバンドのファーストシングルでありながら、瞬く間にインディーシーンからメジャーシーンへと押し上げる大ヒットとなった。
当時は女性ボーカル・ギターバンドがオルタナ〜グランジの中心に据えられる機会がまだ少なく、「Seether」は“女性の怒り”や“自己矛盾”を包み隠さずにさらけ出した歌詞と攻撃的なギターワークで、新世代の女性ロック像を鮮烈に提示した。
曲名の“Seether”について、メンバーのニーナ・ゴードンは「自分のなかにあるどうしようもなくコントロールできない感情や側面」だと語っている。これは現実の人間関係や社会的な抑圧、女性に求められる“従順さ”への反発としても解釈され、ジェンダーを超えて“自己を押し殺して生きる苦しみ”を多くの人に訴えた。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下は「Seether」の印象的な歌詞の一部と和訳である。
引用元: Genius – Veruca Salt “Seether” Lyrics
Seether is neither loose nor tight
シーザー（怒り）は、緩くもなければ、締まってもいないSeether is neither black nor white
シーザーは、黒でも白でもないI try to keep her on a short leash
私は彼女（＝自分の中の怒り）を短いリードで繋いでおこうとするI try to calm her down
なんとか落ち着かせようとするI try to ram her into the ground, yeah
なんとか地面に叩きつけて抑え込もうとするCan’t fight the Seether
このシーザーには抗えないI can’t see her till I’m foaming at the mouth
私は口から泡を吹くまで、それを抑えきれない
4. 歌詞の考察
「Seether」の歌詞は、抑えきれない感情や衝動、怒りといった“内なる獣”を、女性の視点から鮮烈に描いている。
“Seether”という存在は、単なる怒りや情念にとどまらず、「自分の中にいるコントロール不能な何か」「理性ではどうにもできない感情」として描かれている。
“I try to keep her on a short leash”や“I try to calm her down”といったフレーズは、怒りや衝動を理性で押さえ込もうとする努力と、結局はそれが爆発してしまう苦しみを表している。
一方で、「Can’t fight the Seether（この怒りには抗えない）」と開き直るサビには、「もう自分を隠さない」「ありのままの自分を肯定する」女性像が浮かび上がる。
従来のロックで描かれる“男性の怒り”のイメージを覆し、女性の複雑な感情や自己矛盾、社会に対する違和感が重なり合う、時代を超えて響くメッセージが込められている。
また、歌詞の曖昧な表現（黒でも白でもない、緩くも締まってもいない）は、「女性という存在」「感情というものの本質」が単純に分類できるものではないという、現代的なジェンダー観や多様性の肯定にもつながっている。
※ 歌詞引用元：Genius – Veruca Salt “Seether” Lyrics
5. この曲が好きな人におすすめの曲
「Seether」が好きな人には、女性の怒りや葛藤、自己肯定感をテーマにしたオルタナティヴ／グランジ・ロックの名曲をおすすめしたい。
- Violet by Hole
コートニー・ラヴが女性の痛みと力強さを歌い上げた、90年代グランジの名曲。 - Celebrity Skin by Hole
女性の自意識や社会への反発をポップに昇華したロックナンバー。 - Pretend We’re Dead by L7
“女性ロックバンド”の枠を超えた、怒りと自由を謳うグランジ・アンセム。 - Connection by Elastica
女性的な感覚と現代的な不安を鋭く切り取ったブリットポップ・クラシック。 - Cannonball by The Breeders
女性ロックの多面性と実験性を体現した90年代オルタナの代表曲。
6. “内なる獣と現代女性のリアリズム” 〜 Veruca Saltと「Seether」の影響
「Seether」は、90年代オルタナティヴ・ロックのなかで、“女性の怒りや衝動”を鮮烈に肯定した歴史的な楽曲である。
それは、「女性らしさ」「従順さ」に縛られる時代を乗り越え、すべての人が自分の内なる衝動や矛盾を肯定できる新しいロック像を提示した。
Veruca Saltの「Seether」は、今も“内なる獣”を抱えながら生きるすべての人――とりわけ、社会に押し込められてきた女性たちの背中を押し続けている。
この曲が解き放ったリアリズムとパワーは、時代やジェンダーを超えて、多くのリスナーに“自分自身でいる勇気”を与え続けているのだ。
コメント