1. 歌詞の概要
「Scary Monsters (and Super Creeps)」は1980年に発表されたアルバム『Scary Monsters (and Super Creeps)』のタイトル曲であり、同年シングルとしてもリリースされた。歌詞は、主人公の男性が女性との関係を語る視点で描かれているが、その女性は「恐ろしいモンスター」であり、彼を支配し恐怖に陥れる存在として表現されている。曲全体を通じて「愛」と「恐怖」、「欲望」と「嫌悪」が混ざり合う関係性が描かれ、破滅的で不気味な人間関係の暗喩とも読み取れる。タイトルの「Super Creeps」は「とてつもなく気味の悪い存在」を意味し、恋愛や欲望の中に潜む不安や恐怖を寓話的に描き出しているのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
1980年の『Scary Monsters』は、ベルリン三部作を経て商業的にも芸術的にも成熟したボウイが放った集大成的なアルバムである。その中で表題曲は、ポストパンク的な緊張感とニューウェーブ的なざらついた音像を体現した楽曲のひとつとして位置づけられる。制作にはトニー・ヴィスコンティがプロデューサーとして参加し、ロバート・フリップがギターを担当。フリップの鋭利で不安定なリフは、歌詞に描かれる「モンスター」の不気味さや暴力性をサウンド面で強調している。
当時のイギリスはポストパンク、ニューウェーブがシーンを席巻しており、ボウイ自身もその新しい潮流を巧みに取り込んでいた。「Scary Monsters (and Super Creeps)」の歌詞にはゴシック的な恐怖や病的なイメージが込められており、同時代のJoy DivisionやSiouxsie and the Bansheesといったバンドの表現にも共鳴しているように感じられる。
また、この楽曲は単なる男女関係の不和を超えて、「依存や暴力を含んだ関係性」「愛情と恐怖が背中合わせになった時の心理」を寓話化しているとも解釈できる。つまりモンスター的な女性像は、社会や時代が生み出した恐怖や抑圧の象徴でもあるのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics)
She had an horror of rooms
彼女は部屋というものに恐怖を抱いていた
She was tired, you can’t hide beat
彼女は疲れていた 隠すことなんてできない
When I looked in her eyes they were blue but nobody home
彼女の目を見つめた時 そこには青があったが、誰もいなかった
She could’ve been a killer if she didn’t walk the way she do
彼女の歩き方が違っていたら 殺人者になっていたかもしれない
And she do, she opened strange doors that we’d never close again
そして彼女はそうした もう閉じられない奇妙な扉を開いてしまった
ここに描かれる女性像は、恐ろしくも魅惑的な存在であり、関わった者を破滅に導くような危うさを持っている。青い瞳の空虚さは、彼女が感情的に不在であることを象徴している。
4. 歌詞の考察
「Scary Monsters (and Super Creeps)」は、一見すると狂気を孕んだ女性との関係を語るだけの楽曲に見えるが、その背後には1980年代初頭の社会不安や人間疎外の空気が反映されているように思える。産業構造が変化し、ポスト産業社会に突入していくイギリスにおいて、個人の不安や抑圧が「怪物」として擬人化されているのだ。
また、歌詞における「strange doors(奇妙な扉)」は、精神的な崩壊や異常な世界への入口を示しているとも解釈できる。愛や欲望の果てに待っているのは快楽ではなく、終わりのない恐怖や空虚であるということを、ボウイは寓話的に描いているのだろう。
音楽的には、ボウイが1970年代に築き上げたアートロック的実験を消化しつつ、1980年代的な冷徹さと鋭さを先取りしている。ロバート・フリップのギターはまるで刃物のように尖っており、歌詞に描かれるモンスター的な存在を音響的に再現している。ボウイのヴォーカルも感情的というより冷ややかであり、恐怖を観察するナレーターのように響く。
この曲の女性像は、単なる恋人ではなく「自己を蝕む存在」「抗えない依存や暴力の象徴」として解釈することができる。結果として「Scary Monsters (and Super Creeps)」は、80年代の幕開けを告げるにふさわしい、不安と緊張感に満ちたアートロックの傑作となったのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Red Sails by David Bowie
同じアルバム収録曲で、ポストパンク的な緊張感を持つ。 - Fashion by David Bowie
表層的な文化や流行への風刺を効かせた同時期の代表曲。 - The Scream by Siouxsie and the Banshees
不安と恐怖をサウンド化したポストパンクの名曲。 - Atrocity Exhibition by Joy Division
怪物的なイメージと人間の不安を描いた作品。 - Public Image by Public Image Ltd.
人間疎外とアイデンティティ崩壊を表現するポストパンク代表作。
6. ポストパンクとの共振
「Scary Monsters (and Super Creeps)」は、ボウイが時代の最先端を吸収し、同時にその先を見据えていたことを示す楽曲である。1970年代のグラムロックからベルリン三部作を経て、彼は1980年代の幕開けをポストパンク的な鋭さとともに提示した。その中心にあるのは「恐怖」「怪物」「空虚」という、人間の深層に潜むテーマであり、時代の閉塞感を音楽に結晶させたものなのだ。
この曲を聴くと、ボウイが常に時代の「怪物」を見抜き、それを音楽に昇華してきたことがよくわかる。まさに1980年代のボウイを象徴する一曲であると言えるだろう。
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