Scarborough FairCanticle by Simon & Garfunkel(1966)楽曲解説

1. 歌詞の概要

「Scarborough Fair/Canticle(スカボロー・フェア/カンティクル)」は、Simon & Garfunkelが1966年にリリースしたアルバム『Parsley, Sage, Rosemary and Thyme』に収録された楽曲であり、イギリスの古い伝承歌をアレンジし、現代的なメッセージを重ね合わせた芸術的な作品です。

「Scarborough Fair」は中世イングランドのバラッドに起源を持ち、遠く離れた恋人に不可能な課題を投げかける形式で語られるラブソングです。Simon & Garfunkelのバージョンでは、その旋律に「Canticle」という別の楽曲が重ねられ、二つの異なる歌詞とメロディがポリフォニックに同時進行するという独創的な構成がとられています。

この「Canticle」部分では、戦争に対する反戦メッセージが詩的に表現されており、儚くも美しい恋の歌と、現実の悲惨さを告発する鋭い社会批評が、まるで夢と現実のように交錯していきます。メロディの優美さとは裏腹に、内包されているメッセージは複雑で深く、Simon & Garfunkelの音楽性と詩的感性の融合がここに極まっています。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Scarborough Fair」は、伝統的なイングリッシュ・フォークソングであり、その歴史は17世紀以前にまで遡ると言われています。楽曲名に登場する「スカボロー」はイングランド・ヨークシャーの港町で、かつて市場や祭りが開かれていた場所です。歌詞の中では、かつての恋人に対して「麻のシャツを針も糸も使わずに作れ」など、非現実的な要求を突きつけ、それが叶ったらよりを戻すと告げるという、やや皮肉めいた恋の駆け引きが描かれています。

ポール・サイモンはこの伝承歌に魅了され、イギリス滞在中にその旋律を学び、自らの詞を重ねて現代的なアレンジを加えました。そこに組み込まれた「Canticle」の詩は、彼の過去の楽曲「The Side of a Hill」の歌詞を再構築したもので、戦争の現実、若者の死、国家による搾取といった重いテーマを繊細な言葉で描き出しています。

この2つの歌が重なり合うことで、「Scarborough Fair/Canticle」は単なるフォークソングのリメイクにとどまらず、夢幻的でありながら政治的な深みを持つ現代の叙情詩へと昇華されています。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「Scarborough Fair/Canticle」の印象的なフレーズを抜粋し、それぞれの意味を和訳とともに紹介します。

Are you going to Scarborough Fair?
スカボローの市へ行くのですか?

Parsley, sage, rosemary and thyme
パセリに、セージ、ローズマリーにタイム

Remember me to one who lives there
そこに住むあの人によろしく伝えてください

She once was a true love of mine
かつてあの人は、私の真実の恋人でした

Tell her to make me a cambric shirt
彼女にカンブリックのシャツを作ってもらってください

Without no seams nor needlework
縫い目も針仕事もなしに

Then she shall be a true love of mine
それができたなら、彼女はまた私の恋人になるでしょう

これに対し、重ねられる「Canticle」の部分では、次のような反戦的な詩がささやくように歌われます。

Generals order their soldiers to kill
将軍たちは兵士に命じる、殺せと

And to fight for a cause they’ve long ago forgotten
彼らがとうの昔に忘れてしまった“大義”のために戦えと

And to fight for a cause they’ve long ago forgotten
とうに意味を失った“正義”のために

歌詞全文はこちらで参照できます:
Genius Lyrics – Scarborough Fair/Canticle

4. 歌詞の考察

「Scarborough Fair/Canticle」の最大の特徴は、夢のように美しいメロディに潜む“二重構造”にあります。一方では、中世の恋の物語が淡く語られ、もう一方では現代社会の残酷さが静かに暴かれていきます。恋人に無理難題を突きつける「Scarborough Fair」の語り手は、もしかすると絶望に満ちた現実世界に夢を重ねようとする詩人の姿とも重なるかもしれません。

「パセリ、セージ、ローズマリー、タイム」と繰り返されるハーブの名は、記憶・愛情・強さ・忠誠を象徴しているとされ、ただの装飾ではなく、語られない“失われた愛”の象徴として機能します。これにより、語り手の中にある複雑な感情──未練、諦念、皮肉、希望──が、柔らかくにじみ出てくるのです。

対する「Canticle」は、戦争の現実を詩的に描きながら、政治や軍事によって歪められた若者の運命を静かに糾弾しています。この“夢と現実”“過去と現在”の対比こそが本楽曲の真髄であり、伝統と現代性の両立、詩情と社会批評の融合といったSimon & Garfunkelの芸術的野心がはっきりと示されています。

彼らの他の作品と同様に、直接的な怒りや説教はここにはありません。ただ淡々と語られ、歌われる“声なき叫び”が、リスナーの心にじわじわと届いてくるのです。

引用した歌詞の出典は以下の通りです:
© Genius Lyrics

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • A Whiter Shade of Pale by Procol Harum
    バロック的な響きと象徴的な歌詞が美しく交錯する名曲。夢と現実が交わる詩的世界が共通点。

  • Who Knows Where the Time Goes? by Fairport Convention
    英国トラッドの現代的アレンジと女性ボーカルが魅力のフォーク・クラシック。時間と記憶に向き合う繊細な情感が通じる。

  • The Dangling Conversation by Simon & Garfunkel
    詩的対話と沈黙の余白を描いた一曲。同じアルバムから、知的で感傷的なリリックが光る名作。

  • Farewell, Angelina by Joan Baez
    反戦のメッセージを幻想的な映像詩に織り込んだ名曲。叙情性と社会意識のバランスが「Canticle」と共鳴する。

6. “声の重なり”が紡ぐ永遠の寓話

「Scarborough Fair/Canticle」は、単なる伝承歌のカバーではありません。それは“過去の記憶”と“現実の警鐘”を重ね合わせることで、時代を超えて響く寓話的な作品に昇華された音楽詩です。

Simon & Garfunkelはこの曲で、伝統を尊重しながらも、現代の不安や怒り、そして祈りを織り交ぜるという高度な音楽的・詩的実験を行いました。その成果は、50年以上を経てもなお新鮮に響き、静かに、しかし確かにリスナーの心を揺さぶり続けています。

“戦場で眠る若者”と“過去の恋人を想う旅人”──それぞれの声が絡み合うこの楽曲は、まるで時空を超えてささやかれる祈りのようです。音楽が持つ叙情性と政治性、その両方をこれほどまでに美しく融合させた楽曲は、まさに稀有な存在と言えるでしょう。

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