発売日: 2018年2月16日
ジャンル: ポストパンク、アートロック
Oughtの3作目となる『Room Inside the World』は、前2作とは異なる方向性を示し、バンドが新たな音楽的実験を試みた作品である。これまでの激しさや反抗的なエネルギーが、より繊細で緻密なサウンドアプローチへと変化し、電子音やエフェクトを多用した洗練されたアレンジが印象的だ。前作『Sun Coming Down』の攻撃的で無骨なサウンドから一転、Oughtは内省的でよりメランコリックな感情を音で表現するようになり、楽曲の展開もより複雑でドラマティックに仕上がっている。
今回プロデューサーとして迎えられたのは、ニコラス・ヴェルダガーで、彼の手によって、バンドの音楽はより深みのあるテクスチャと独特な透明感を持つようになった。アルバムのテーマは、自己の探求や疎外感、そして日常の中に隠れた美しさといった内向的なものが多く、聴く者に深い共感を呼び起こすものが多い。ティム・ダーシーのボーカルも、これまでのシャウトスタイルから抑えめのバリトンへと変わり、音楽そのものと絶妙に調和している。
トラック解説
1. Into the Sea
アルバムの幕開けを飾るこの曲は、ドラムマシンのリズムとエコーの効いたギターが、神秘的な雰囲気を醸し出している。歌詞は、終わりなき悩みと静かな海のような平穏の狭間を揺れ動く感情を描写しており、ダーシーの低く抑えたボーカルが深い安らぎと哀愁を感じさせる。
2. Disgraced in America
このアルバムの中心的な楽曲ともいえる一曲で、政治的メッセージと日常への批判が織り交ぜられている。切れ味の鋭いギターと重厚なベースラインが曲全体を支え、ダーシーのボーカルがどこか冷たく響く。「アメリカにおいて失墜する」というテーマが皮肉とともに表現され、現代社会への鋭い視線が感じられる。
3. Disaffectation
エレクトロニックなビートが支配的なこの曲は、Oughtの新たな方向性を象徴するような実験的な楽曲だ。歌詞には疎外感と孤独が滲み出ており、淡々としたリズムの上にダーシーの冷静なボーカルが浮かぶように響く。シンプルながらも不安定なサウンドが、現代人の孤立感を反映している。
4. These 3 Things
心地よいリズムとダイナミックなギターが調和する一曲。ダーシーは歌詞の中で「3つのもの」に言及し、日常生活における些細な瞬間を丁寧に描写している。繰り返されるフレーズが徐々に高まり、聴き手に静かな共感を与える。
5. Desire
本作のハイライトともいえる大作で、ゴスペルのようなコーラスが特徴的な一曲。重厚なベースラインとダーシーの力強いボーカルが、欲望と渇望の複雑な感情を表現している。サウンドが高揚し、壮大なコーラスが響き渡るシーンは圧巻で、まるで劇的なカタルシスを迎えるような体験をもたらす。
6. Brief Shield
しっとりとしたサウンドで、アルバムの中でも特に内省的な楽曲。静かでメランコリックなギターが曲全体を包み込み、ダーシーのボーカルが心の奥に潜む葛藤を表現する。サビ部分での感情の高まりが印象的で、心に深く染み渡るような一曲だ。
7. Take Everything
シンプルなリズムに、重厚なギターとベースが重なり、淡々とした進行ながらも不穏な空気が漂う曲。リリックには現実への虚しさが込められており、冷たいボーカルが聴き手を突き放すように響く。曲の終盤にかけて少しずつテンションが高まり、アルバム全体の流れを盛り上げる。
8. Alice
アルバムの最後を締めくくるこの曲は、静かなイントロから始まり、徐々にリズムとサウンドが高まっていく構成が見事だ。ダーシーの歌声が低く響き、まるで物語の終わりを告げるような余韻を残す。繊細なアレンジと叙情的な歌詞が、アルバム全体のテーマである「自己の探求」を感じさせる。
アルバム総評
『Room Inside the World』は、Oughtがこれまでのスタイルを超えて、新たな音楽的地平を探求した挑戦的な作品である。冷徹で攻撃的だった初期作風から一歩引き、内面的な葛藤や感情の深みをじっくりと描き出すことで、より普遍的で美しい表現に昇華している。電子音の導入や、ミニマルなアレンジがOughtの音楽に新しい息吹を吹き込み、聴き手に静かな感動を与えるアルバムとなった。
このアルバムが好きな人におすすめの5枚
A Deeper Understanding by The War on Drugs
ドリーミーで奥深いサウンドスケープが特徴的で、内省的なリリックとともに、Oughtの新たな静けさと深みを感じるリスナーに響くだろう。
Antisocialites by Alvvays
インディーポップとポストパンクの融合が心地よい一作。繊細でロマンティックな感情が詰まっており、Oughtの感傷的な側面に共鳴するリスナーにおすすめ。
New Brigade by Iceage
激しいエネルギーと内面の不安が混ざり合ったポストパンクアルバム。冷たいサウンドと暗いリリックが、Oughtの初期の鋭さを求めるリスナーにも響く。
American Dream by LCD Soundsystem
ミニマルなリズムと電子音が特徴的な一作で、現代社会への疎外感をテーマにした点で共通。Oughtの音楽の中にある冷ややかで静謐な美しさが好きな人にぴったり。
Nothing Feels Natural by Priests
インディーロックとポストパンクの要素をミックスし、社会批判を強く感じさせるアルバム。Ought同様に鋭いメッセージと複雑な感情が込められている。
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