1. 歌詞の概要
「Rock Lobster」は、アメリカのニューウェイヴ/ポストパンク・バンド、The B-52’s(ザ・ビー・フィフティーズ)が1978年にデビュー・シングルとしてリリースし、その後セルフタイトルの1stアルバム『The B-52’s』(1979)にも収録された代表作である。奇抜なファッション、サーフ・ロックを思わせるギター、そして叫び声や動物の鳴き声のようなボーカルで構成されたこの楽曲は、まさにニューウェイヴの象徴として広く知られている。
歌詞は明確なストーリーラインを持たず、カラフルで意味不明なフレーズがコラージュのように並ぶ。テーマは「ビーチパーティーの最中に突然ロブスターが現れ、騒然とする」という不可思議なシチュエーション。だが、その内容の奇抜さこそがこの曲のアイデンティティであり、「意味を追求すること自体がナンセンス」という美学を体現している。
冒頭の「We were at a party / His ear lobe fell in the deep」から始まり、海の中の幻想的な情景と奇妙な生物の名前が羅列されることで、聴き手は“奇妙な楽園”に誘われる。ポップカルチャー、サーフミュージック、SF、ホラー、カートゥーンが混ざり合ったこの歌詞世界は、意味の不在そのものが魅力として機能する数少ない例である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Rock Lobster」は、The B-52’sがまだアテネ(ジョージア州)のクラブシーンで活動していた頃に、バンドの中心人物フレッド・シュナイダー(Fred Schneider)がアトランタのディスコクラブで見たロブスターの映像プロジェクションから着想を得て書かれたとされている。特に「食べ物としてのロブスター」ではなく「踊るロブスター」という非現実的なイメージが発端だったという点に、B-52’sのシュールな芸術観が表れている。
音楽的には、1960年代のサーフロック(Dick DaleやThe Trashmen)やテレビ番組『The Munsters』、または1960年代のB級SF映画から影響を受けており、過去のポップカルチャーを現代的に再構築するというポストモダンな手法が前面に出ている。ギターリフはパンクロックの即興性を感じさせながら、キーボードのオルガン風の音色や独特のボーカルアレンジは完全にB-52’sのオリジナルスタイルだ。
この曲はアンダーグラウンドでの話題を呼び、1979年にワーナーからのメジャーリリースとなり、アメリカやオーストラリア、カナダなどでインディーヒットを記録。後のニューウェイヴ・ムーブメントやLGBTQカルチャーの象徴的アイコンとしてのB-52’sの地位を確立した一曲となった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Rock Lobster」から印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
引用元:Genius Lyrics – Rock Lobster
“We were at a party / His ear lobe fell in the deep”
パーティーにいたんだ/彼の耳たぶが海に落ちた。
“Someone reached in and grabbed it / It was a rock lobster!”
誰かが手を伸ばして拾った/それはロック・ロブスターだった!
“Motion in the ocean / His air hose broke”
海の中は大騒ぎ/彼のエアホースが壊れた。
“Lots of trouble / Lots of bubble”
問題だらけ/泡だらけ!
“There goes a narwhal!”
ナールワル(イッカク)が現れた!
“Down, down!”
沈め、沈め!
これらのフレーズは、ストーリー性よりも“音”と“ビジュアル”の刺激に満ちており、詩というよりはアニメーションの台詞や即興劇のような性格を持っている。「意味」ではなく「音響的快楽」に重点が置かれたリリックは、パンクやニューウェイヴが持つ“反構造的”精神の体現でもある。
4. 歌詞の考察
「Rock Lobster」は、明確なメッセージやストーリーを持たない歌詞構成によって、聴き手に“意味を解釈しようとすること”自体の不毛さを提示する。これは、1970年代後半のアートロックやパンクムーブメントが共有していた「既存のルールや美学を破壊する」という価値観と強く結びついている。
この曲に登場する“ロブスター”や“ナールワル”、“ジャングルの海底パーティー”のような奇想天外なイメージは、現実からの逸脱と快楽主義を象徴する。とりわけ、「Down, down!」と繰り返されるコーラスは、海底への潜行=現実からの逃避、あるいはカオスの世界への沈潜を暗示している。
一方で、奇抜さと楽しさが前面に出ているこの歌詞は、性的少数者を含む当時の“アウトサイダー文化”の象徴でもあった。誰もが同じように踊れること、意味や型に縛られずに楽しめること、それが「Rock Lobster」の根底にある精神だといえる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Planet Claire” by The B-52’s
同じく1stアルバムからの曲で、スペースサーフロックとでも呼ぶべき世界観を持つ。 - “Peek-A-Boo!” by Siouxsie and the Banshees
奇怪でアブストラクトなリリックと大胆なサウンドが「Rock Lobster」と共鳴する。 - “Party Out of Bounds” by The B-52’s
パーティーというモチーフを過剰に拡張したもう一つのカルトクラシック。 - “Whip It” by Devo
意味の崩壊と機械的リズムが融合した、ニューウェイヴの別系譜。 -
“Dance This Mess Around” by The B-52’s
反復と奇声で構成された構造破壊型ポップソング。
6. 意味のないことの美学:The B-52’sの反・構造主義ポップ
「Rock Lobster」は、1970年代末の音楽において、意味・ストーリー・メッセージといった伝統的な要素を一切無視し、「音の快楽」「イメージの奔流」「ナンセンスの祝祭」によってポップソングを再定義した異端の傑作である。
この曲が放つ狂気とユーモアは、パンクロックの“怒り”やアートロックの“実験性”とは異なり、ただただ“楽しむ”ことを目的として成立している。しかもその“楽しさ”は、誰にでも開かれている。意味がないからこそ、全員が参加できる。それがこの楽曲の最大の美点であり、ニューウェイヴの精神そのものである。
ロック・ロブスターは単なる甲殻類ではない。The B-52’sにとってそれは、既存の音楽世界に対する宣戦布告であり、世界のど真ん中でナンセンスを叫ぶ自由の象徴だったのである。
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