1. 歌詞の概要
「Roads」は、イギリスのトリップホップ・バンド Portishead(ポーティスヘッド) のデビュー・アルバム『Dummy』(1994年)に収録された楽曲で、同作の中でも最も感情的で内省的なバラードとして多くのリスナーに深い余韻を残す名曲です。
この楽曲では、孤独・絶望・自己の喪失と再生への希求といったテーマが、美しくも壊れそうなサウンドと共に描かれており、Portisheadというバンドが持つ感情の深層に訴える美学がもっとも純粋な形で表現されています。
タイトルの「Roads(道)」は、物理的な道ではなく、人生における選択、通ってきた感情の軌跡、行き先のわからない心の旅路を象徴しています。誰かに頼りたい、でも頼れない。生きていきたい、でもどこに向かえばいいのかわからない。そんな切実な“生”の叫びが、静かながらも強く、リスナーの胸を貫いてくるのです。
2. 歌詞のバックグラウンド
Portisheadは1990年代初頭のイギリス・ブリストルで結成され、トリップホップというジャンルを牽引した先駆的な存在です。『Dummy』は彼らのデビュー作でありながら、その圧倒的な完成度と独自性により瞬く間に批評家とリスナーの注目を集めました。
その中でも「Roads」は、アルバムの後半に現れる“魂の核”のような存在で、それまでの冷ややかなサウンドスケープが、ここでついに崩れ、感情があふれ出す瞬間を提示します。
ヴォーカルの ベス・ギボンズ(Beth Gibbons) はこの曲について、明確な解釈を語ったことはありませんが、彼女自身の繊細な感情や心の脆さをさらけ出していることは明らかです。その歌声は、まるで震える魂の告白のように聴こえ、言葉の意味を超えて、感情そのものが音楽として響いてきます。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Roads」の印象的な歌詞を抜粋し、和訳を併記します。引用元:Genius Lyrics
“Oh, can’t anybody see / We’ve got a war to fight”
ねえ、誰も気づいてくれないの?/私たちは戦っているのよ
“Never found our way / Regardless of what they say”
誰が何を言おうと、私たちはまだ道を見つけられていない
“How can it feel, this wrong / From this moment?”
どうして、こんなに間違って感じるの?/この瞬間からずっと
“How can it feel, this wrong?”
どうして、こんなにもおかしく感じるの?
4. 歌詞の考察
「Roads」の歌詞は一見すると非常に短く、簡潔です。しかし、その行間に込められた意味はあまりにも深く、“言葉にできない感情”の余白を強く感じさせる構造になっています。
冒頭の「We’ve got a war to fight(私たちは戦いを抱えている)」という一節は、内面的な葛藤を暗喩しています。それは外的な社会との衝突かもしれませんし、自分自身との闘い、あるいは過去との対話かもしれません。続く「Regardless of what they say(周りが何と言おうと)」という部分からは、他者の期待や評価に左右されず、自分の道を模索しようとする意志が感じられます。
もっとも胸を締めつけるのは、「How can it feel, this wrong?(なぜこんなにも間違って感じるの?)」という繰り返しです。この“wrong”は、何かが明確に間違っているのではなく、世界や人生がどこかズレていて、自分だけが取り残されている感覚を表しています。
ここに描かれる“道”とは、希望に向かうものではなく、出口の見えない感情の迷路であり、誰にも気づかれないまま、たださまよっているという孤独の象徴です。それでも「Roads」が真に美しいのは、この絶望の中に、どこかほんのわずかな再生の兆し=声を上げるという行為そのものが希望であることを示唆している点にあります。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Hallelujah” by Jeff Buckley
聖と俗のはざまで揺れる美しい絶唱。繊細さと神聖さが共存する名演。 - “Into My Arms” by Nick Cave & The Bad Seeds
愛と信仰、失われたものへの祈りを静かに捧げるバラード。 - “Teardrop” by Massive Attack
同じくブリストル発のトリップホップバンドによる、情感あふれる一曲。 - “Breathe Me” by Sia
壊れてしまいそうな心をさらけ出し、癒しを求める魂の嘆き。 - “The Rip” by Portishead
再始動後の作品から。浮遊感と不安定さを同時に描く、もうひとつの名作。
6. “言葉にならない痛み”の居場所:Portisheadが導く静かな光
「Roads」は、Portisheadの音楽の中でもっとも純粋に“感情”そのものを音にした楽曲です。そこにはストーリーもオチもありません。ただひたすらに、「わからない」こと、「道を見失った」ことを認める勇気が描かれています。
それは、強くなることではなく、弱さをさらけ出せることの美しさを肯定する歌です。そしてその“弱さ”は、同時に私たちが生きていくうえでのもっとも深い真実でもあります。
この曲は、誰にも打ち明けられないような夜、何も信じられなくなった朝、ふと立ち止まってしまった瞬間に、静かに寄り添い、何も語らずそこにいてくれるような存在です。ベス・ギボンズの声とPortisheadの音は、言葉を超えて、聴く者の心に直接語りかけてくるのです。
“How can it feel, this wrong?”
その問いには、答えがありません。でも、その問いを持てたことが、
すでにひとつの“光”なのかもしれません。
「Roads」は、そんなふうに壊れた心の断片を、そっと包み込む楽曲なのです。
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