
1. 概要
「Rinse FM Set」は、UKロンドンの老舗ダンスミュージック専門ラジオ Rinse FM にて、DJ/ラジオホストとして活躍する JYOTY(ジョーティ) が2022年に放送したレギュラー番組の一環であり、**彼女の音楽的知性、ルーツ、そしてクラブへの信仰を凝縮したリアルタイムの“音の対話”**である。
このセットでは、JYOTYがキュレーター、語り手、そしてナビゲーターとしてリスナーを導きながら、アジア系ディアスポラの視点から再構築されたUKクラブカルチャーの現在を提示している。
ダンスホール、UKファンキー、アフロスウィング、R&B、ドラムンベース、そしてボリウッドのサンプルが溶け合い、ロンドンの夜とストリートをそのままパッケージしたような音世界が展開される。
2. 番組・選曲の背景
Rinse FMは、グライム、UKG(UKガラージ)、ドラムンベース、ジャングルなど、アンダーグラウンドなサウンドの発信地として2000年代初頭から英国クラブシーンを支えてきた重要メディアである。
JYOTYはこのRinseの枠で、自らの文化的アイデンティティと、黒人・アジア系コミュニティとの連帯、そしてクラブミュージックの進化を語り直す場としてこのセットを構築。
特定のジャンルに縛られず、「その瞬間の自分の呼吸と身体にフィットする音だけを選ぶ」という姿勢で、“リスナーに聴かせる”ではなく、“リスナーと一緒にグルーヴを作る”ことを目指した。
3. 音楽的構成と展開
この日のRinse FM Setは、温度差のあるビートが徐々に高揚を導く構成が印象的だった。
- オープニングでは、チルでウォーミーなR&B/ネオソウルのトラックから入り、夕暮れのようなゆるやかな導入がなされる。
- 続いて UKガラージとブロークンビートのブレンドへ移行し、ビートの粒立ちとベースのうねりがリスナーの意識を変容させていく。
- セット中盤では パンジャービ語のヴォーカルをサンプリングしたバウンシーなボリウッド・グライム系のリミックスが差し込まれ、JYOTYのアイデンティティがサウンドとして浮かび上がるハイライトに。
- ラストに向かっては、ドラムンベースや2ステップが加速的に展開し、身体の運動と感情の解放が一致していくような“熱のカーブ”が美しく描かれる。
このセッションでは、選曲の幅の広さ=文化の受容の広さ=自己理解の深さというJYOTYらしさが際立っていた。
4. クラブミュージックを“私たちの言語”として語る
JYOTYのRinse FM Setが特別であるのは、それが単なる“選曲の良いDJミックス”ではなく、彼女自身の声・物語・地理・記憶を通過して、音が意味を持つ瞬間を生んでいるからだ。
彼女が得意とする **グライム×ボリウッドのような“文脈と文脈のハイブリッド”**は、
まさにディアスポラの生き方そのもの。
“どこにも属さない”ことで、複数のジャンルや言語を“自分のもの”にしてしまう戦略的ミックスなのだ。
またRinse FMというプラットフォーム自体が、権威ではなく“現場”を代弁する存在であるため、
このセットはJYOTYが“クラブミュージックとは誰のものか”という問いに対して、
「私たちのものだ」とリズムで答える、極めてポリティカルな行為でもある。
5. このセットが好きな人におすすめのDJ・アーティスト
- Manara – 南アジア系UKクラブDJの代表格。JYOTYとの美学的近さが際立つ。
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Sherelle – ブレイクコア/ドラムンベースを軸にした高速ビートのパイオニア。
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Yung Singh – パンジャービ音楽とUKファンキーの接続点を可視化したミックスが特徴。
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Ahadadream – グローバルビートとアジアン・ポリリズムの融合に長けたプロデューサー。
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Tash LC – アフロカリビアン・リズムを通して、現代クラブの“ブラック性”を再提示するキーパーソン。
6. 声のない者たちの“リディム”が鳴り響く場所で
「Rinse FM Set」は、JYOTYにとってのクラブ、ロンドン、そして音楽という存在が、
**“生き残るための術であり、語りかけの手段であり、帰る場所”**であることを静かに、しかし確かに伝える音のマニフェストである。
そのビートには、移民の物語が、女性の怒りが、見過ごされた歴史のノイズが宿っている。
けれど同時に、踊ることの楽しさと、音に没入する快楽に満ちている。
JYOTYは政治を叫ばない。ただ、**音でそれを“踊らせる”**のだ。
それは誰の音楽でもない。
けれど確かに、私たちの音楽だと思わせてくれる。
**そしてラジオ越しにこう語る——
「君はひとりじゃない。ここにいるよ」**と。
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