
発売日: 1973年4月30日
ジャンル: ポップロック、ソフトロック、アート・ポップ
『Red Rose Speedway』は、Paul McCartney & Wings が1973年に発表したアルバムである。
『Ram』で自由奔放なDIY精神を提示したポールは、
Wings という“バンドとしての形”を本格的に整えつつあった。
本作はその過渡期の作品であり、
“個人の創作”と“バンドのサウンド”が混ざり合う独特の空気をまとっている。
1970年代前半、世界のロック/ポップシーンは多様化が進んでいた。
プログレ、ハードロック、フォーク、ソウルなどが競う中で、
ポールは“メロディそのものの美しさ”をより大きく打ち出そうとし、
Wings の活動を軸に据えたアーティスト像を模索していた。
そのため『Red Rose Speedway』には、
緻密なポップセンスと心地よい甘さ、
そして実験の余韻が入り混じった“明るく柔らかな質感”が宿っている。
制作はバンド形態でありながらも、
スタジオワークの主導権はポールにあり、
結果として“ポールのメロディ感を最大限に押し出した作品”に仕上がった。
同時に、本作以降の WIngs が世界的成功へ向けて飛躍する前触れでもあり、
歴史的にも重要な位置を占める作品と言える。
全曲レビュー
1曲目:Big Barn Bed
アルバムの幕開けとして軽快で、牧歌的な雰囲気が漂う。
ゆったりとしたリズムと親しみやすいメロディが、
“Wings の陽だまり感”を象徴している。
2曲目:My Love
本作最大の名曲であり、ポールが普遍的なラブソングを作る力を再証明した一曲。
ストリングスのアレンジは美しく、
ヘンリー・マッカロクによるギターソロはロック史に残る名演。
柔らかい歌声に深い愛情が滲む。
3曲目:Get On the Right Thing
勢いのあるロック調のナンバー。
ドライブ感のあるサウンドが心地よく、
ポールのヴォーカルの力強さが引き立つ。
4曲目:One More Kiss
カントリーの要素を含んだ温かい楽曲。
軽やかなアコースティックと甘いメロディが心を和ませる。
5曲目:Little Lamb Dragonfly
本作でも特に評価が高いバラッド。
柔らかいアレンジと幻想的なメロディラインが美しく、
“ポールの優しさと影”が同時に滲む名曲である。
6曲目:Single Pigeon
短く穏やかな小品。
穏やかなピアノと、日常の情景を切り取った詞が印象的。
7曲目:When the Night
ソウル的なニュアンスが入った一曲。
ヴォーカルの伸びやかさとグルーヴ感が心地よい。
8曲目:Loup (1st Indian on the Moon)
遊び心と実験精神が強く出た曲。
奇妙なエフェクトやベースラインがユニークで、
ポールの“子どものような創作衝動”が覗く。
9〜12曲目:Medley — Hold Me Tight / Lazy Dynamite / Hands of Love / Power Cut
4曲を連結するメドレー形式の大作。
ポールが得意とする構成美が発揮され、
それぞれの断片的なメロディが一つの物語のように流れていく。
特に「Power Cut」の温かいハーモニーは印象的。
総評
『Red Rose Speedway』は、Paul McCartney & Wings が大きな飛躍を迎える直前の、
“柔らかな光に包まれたポールのポップアルバム”である。
『Ram』の奔放な実験性部分を残しつつ、
よりメロディアスで親しみやすい方向へ舵を切った作品であり、
ここから数年後の『Band on the Run』へと続く進化の過程が見える。
当時の批評家は、やや甘口で軽い印象を持ったが、
後年の再評価では“無邪気な創造性が詰まった宝箱”として価値が高まっている。
曲ごとに異なる小さな世界があり、
メロディは柔らかく、アレンジは丁寧で、
ポールの“自然体の芸術性”がもっとも素直に現れていると言える。
また、Wings にとっても重要な分岐点であり、
ロックバンドとしての方向性、
ライブ活動を重視した姿勢、
そして“家族の延長線上にある音楽のあり方”が固まった瞬間でもある。
比較対象としては、
・The Beach Boys の後期(特に『Holland』)の柔らかな音像
・Harry Nilsson の親密なボーカル表現
・George Harrison のメロディアスなソロワーク
などが挙げられるが、
『Red Rose Speedway』はやはり“ポールならではの甘さと構成美”が核になっている。
本作が現在も聴かれ続けるのは、
大仰すぎないメロディの美しさ、
温かさに満ちたアレンジ、
日常を愛する視線が、
どの時代のリスナーにとっても心地よいからだ。
派手ではないが、確かに残る作品である。
おすすめアルバム(5枚)
- Band on the Run / Paul McCartney & Wings
『Red Rose Speedway』の到達点ともいえる傑作。 - Ram / Paul McCartney
家庭的な温かさと実験精神を知るために必聴。 - Wild Life / Wings
Wings 初期のラフで自由な姿勢がわかる。 - Holland / The Beach Boys
柔らかい音像と家庭的な空気感が似ている。 - Nilsson Schmilsson / Harry Nilsson
ポールと通じるメロディセンスの豊かさが魅力。
制作の裏側(任意セクション)
『Red Rose Speedway』は、当初は2枚組として企画されていた。
実際、録音された曲数は非常に多く、
その中から12曲が厳選されてアルバムとしてまとめられた。
この“削ぎ落とし”によって本作はよりメロディ中心の作品となったが、
一方でバンド色の強い楽曲の多くが漏れたため、
後年ファンの間では“幻の2枚組”として語られている。
また、「My Love」のギターソロは、
ヘンリー・マッカロクが“その場でインスピレーションによって弾いた”と伝えられる。
ポールが長いリハーサルを求める中、
ヘンリーは“感情のまま弾かせてほしい”と主張し、
結果としてロック史に残る名演が誕生したというエピソードは有名だ。
制作全体は、家族同伴でのツアーや田舎での生活を基盤とし、
スタジオにもその“温かな空気”が流れ込んでいた。
その感触が、アルバムの柔らかい雰囲気を形づくっている。



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