発売日: 2016年4月8日
ジャンル: オルタナティブR&B、ドリームポップ、アーバン・ソウル、エレクトロポップ
概要
『Red Flag』は、All Saintsが10年ぶりに発表した4枚目のスタジオ・アルバムであり、グループのキャリアにおける“真の復活”を告げる作品である。
2006年の再結成作『Studio 1』がダンス・ポップ色の強い試みだったのに対し、『Red Flag』はより内省的かつ感情豊かな音楽へと舵を切っており、成熟した女性たちのリアルな心情が丁寧に紡がれている。
リードシングル「One Strike」は、メンバーのニコル・アップルトンがリアム・ギャラガーとの離婚を経験した直後の心情をモチーフにした実話ベースの楽曲で、発表直後から音楽メディアやファンの間で高い評価を得た。
本作は、センチメンタルなバラード、アンビエントなR&B、ダウンテンポなエレクトロポップなど、多彩なサウンドが繊細に編み込まれており、All Saintsの音楽的アイデンティティを再定義するアルバムとなっている。
ポップス界では若手アーティストが台頭し、音楽市場が大きく変容する中、All Saintsは“今”の感性をまといながらも、決して若作りすることなく、自分たちらしさを保ち続けている。
全曲レビュー
1. One Strike
シンプルなギターのリフに乗せて語られる、喪失と再生の物語。静けさの中にある感情の爆発が、美しく胸に迫る。
2. One Woman Man
対抗的な視線が印象的な、強さと諦念が同居するミディアムテンポのナンバー。ダークでクールなアレンジが際立つ。
3. Make U Love Me
ドラムンベース調のビートと切ないメロディが融合したダンスナンバー。哀しみと欲望の交錯が歌詞からにじむ。
4. Summer Rain
夢見心地のコード進行とレイヤーの厚いハーモニーが、愛の余韻と雨の情景を美しく描写する。
5. This Is a War
タイトル通り、感情の闘争をテーマにした一曲。マーチ風のビートと激しいストリングスが緊張感を演出する。
6. Who Hurt Who
過去の傷と向き合う繊細なバラード。互いに罪を問うというより、理解し合えなかった痛みを淡く表現している。
7. Puppet on a String
社会的抑圧や自己喪失をテーマにしたトラック。機械的なリズムと儚げなボーカルが対比的に響く。
8. Fear
タイトルに反して、むしろ恐怖に寄り添うような優しさが漂う曲。静かなピアノとコーラスが印象的。
9. Ratchet Behaviour
本作では異色のアップビートトラック。やや皮肉を込めたリリックで、現代的なクラブ感覚とユーモアが光る。
10. Red Flag
アルバムタイトル曲にして、内面の警鐘と変化の兆しを象徴するバラード。オーケストレーションとコーラスが荘厳な空気を作る。
11. Piece of Me
恋愛や人間関係における自己消耗をテーマにしたエレクトロニックなナンバー。内的モノローグのような構造が特徴。
12. Embrace
ゆったりとしたテンポにのせて、再出発と受容を歌う最終曲。グループとしての結束と再生の象徴とも言える。
総評
『Red Flag』は、All Saintsがキャリアの中で最も“正直”な作品であり、単なる再結成アルバムではなく、まぎれもない音楽的達成である。
リリックは大人の女性ならではの複雑な感情—失恋、裏切り、自立、赦し—を等身大の言葉で綴りながら、サウンド面ではエレクトロニカ、R&B、ドリームポップといった現代的な要素を巧みに取り入れている。
しかし、どんなにプロダクションが洗練されていようと、このアルバムの核にあるのは、4人の声が生み出すハーモニーである。そこには、時間を超えた信頼、痛みを共有した者だけが持つ一体感があり、それが何よりも強く聴き手を惹きつける。
『Red Flag』は、かつての栄光にすがることなく、自らの“声”に耳を澄ませた結果生まれた一枚だ。
グループとしての物語が継続していくために必要な“対話”と“受容”の記録でもあり、それゆえに聴くたびに新たな共鳴を呼ぶアルバムなのである。
おすすめアルバム(5枚)
- Jessie Ware『Tough Love』
洗練されたエレクトロR&Bと内省的なリリックが、All Saintsの成熟したサウンドと共鳴する。 - Robyn『Body Talk Pt.1』
エモーショナルなエレクトロポップとしての完成度が非常に高く、共通の美学を持つ。 - Solange『A Seat at the Table』
個人的体験と社会的視点を融合させた傑作。『Red Flag』の精神的深みと共鳴。 - Bat for Lashes『The Haunted Man』
幻想性とリアリズムを併せ持つ女性ソロアーティストによる作品。叙情的な面で通じる部分が多い。 - London Grammar『If You Wait』
静寂とエモーションのバランスを追求したサウンドが、『Red Flag』のミニマル美学とリンクする。
ファンや評論家の反応
リリース当初、All Saintsの復帰に対して懐疑的な目を向ける声も少なくなかったが、『Red Flag』はそのすべてを静かに覆した。
英メディアでは「今だからこそ歌える感情がある」「かつてのグループとは違う美学」として高く評価され、特に「One Strike」はキャリア最高の楽曲と評するレビューも多かった。
また、ファン層も同様に成熟しており、彼女たちの“成長を共にした音楽”として受け止められている。
2010年代における“再結成アルバム”の中でも、音楽的・感情的両面で真摯に制作された数少ない成功例として、長く語り継がれるべき作品である。
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