アルバムレビュー：Quarter Life Crisis by Baby Queen

発売日: 2023年11月10日
ジャンル: インディー・ポップ、オルタナティブ・ポップ、エレクトロ・ロック

概要
全曲レビュー
総評
おすすめアルバム（5枚）
歌詞の深読みと文化的背景
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概要

『Quarter Life Crisis』は、Baby Queen（ベイビー・クイーン）のデビュー・フルアルバムとして2023年にリリースされた作品であり、Z世代の“感情のリアル”を極彩色のポップに変換した強烈な自己言及的アルバムである。

南アフリカ出身、ロンドン在住のシンガーソングライターであるBella Lathamは、本作を通して、20代前半の不安、アイデンティティの混乱、SNS時代の孤独、性的揺らぎ、そして愛と自己受容について、皮肉とユーモア、時に涙まじりの誠実さで綴っている。

タイトルの「クォーター・ライフ・クライシス」は、25歳前後に直面する“人生の小さな終末感”を象徴しており、キャリア、恋愛、自分探しといったテーマが混在するカオスを、彼女らしい毒とポップ感で一貫して描いている。
制作にはこれまでの相棒キング・エド（King Ed）が引き続きプロデューサーとして参加し、90年代オルタナティブ・ロックから2000年代初期のエモ、さらに現代的なデジタル・ポップまでを飲み込んだサウンドは、過去と現在を接続する感覚に満ちている。

Baby Queenはこの作品をもって、ただの“ポップの異端児”ではなく、感情の混沌を巧みに翻訳する世代の代弁者としての地位を確立したと言っていいだろう。

全曲レビュー

1. We Can Be Anything

オープニングを飾るのは、希望と不安の入り混じったエレクトロ・ポップ。
「私たちは何にでもなれる」という言葉が、自由ではなく“選択肢の多すぎる迷路”として響くのが現代的だ。

2. Kid Genius

子ども時代の“優等生”像と、現在の“自分迷子”のギャップを描いたパーソナルな楽曲。
「わたしは知りすぎていて、何もできない」——という矛盾が痛烈だ。

3. Dream Girl

フェミニンな理想像への違和感と怒りを、ギター・リフと破裂するようなビートに乗せて表現。
“私は夢の女の子になんてなれない”という宣言は、全編の美学を象徴している。

4. Love Killer

愛することの破壊力を描いたアップテンポなトラック。
恋に落ちるたびに自己が壊れていくという実感が、ダンサブルなグルーヴの中に織り込まれている。

5. Grow Up

成長することの痛みと諦め。
ノスタルジックなコード進行と“人生ってこういうもの？”という問いが共鳴する。

6. Quarter Life Crisis

タイトル・トラックは、自嘲と本音が交差するパンク調ポップ。
「若すぎるのに疲れてる」「夢を見てもつらいだけ」——そんなZ世代のリアルが詰まっている。

7. I Can’t Get My Shit Together

日常生活すらコントロールできない自分への怒りと諦念をテーマにしたナンバー。
“ポップであること”が感情の代替療法として機能していることを象徴する曲でもある。

8. 23

年齢の呪縛と期待に押しつぶされそうな自己認識を描いた、シンプルでメロウな一曲。
23歳で何者にもなれていない焦りは、特定世代にとって痛いほどリアルだ。

9. Die Alone

「ひとりで死ぬのが怖い」と率直に語るバラード。
恋愛依存や孤独感を、甘くも鋭利なメロディで歌い上げる。

10. Every Time I Get High

薬物や快楽への依存を“逃避”の象徴として描き、そこに潜む空虚を可視化した作品。
感情の“麻痺”がサウンドのミニマルさとリンクしている。

11. Obvious

届かない想いと、それが“明白すぎるほど明白”である苦しさ。
サビの重なり合うコーラスが、むしろ届かない気持ちの虚しさを強調する。

12. Medication

タイトル通り、“薬”としての人間関係や愛への依存を主題にしたバラード。
「誰かに救ってもらいたい」という祈りが、静かで深い。

13. A Letter to Myself at 17

17歳の自分に宛てた最終トラック。
“あなたは壊れていない”“愛される価値がある”というメッセージは、Baby Queenの全作品の核心に触れる。

総評

『Quarter Life Crisis』は、Baby Queenが“感情の断片”を綿密に拾い集めて構成した、現代的な“自己認識のサウンドトラック”である。

この作品では、愛、焦燥、孤独、憂鬱、不安といった感情を真正面から描きながら、決して絶望に沈まず、むしろそれを“話すこと”によって共有可能な痛みへと変えていく強さがある。
シニカルなタイトルとは裏腹に、このアルバムは救済の音楽なのだ。

音楽的には、Charli XCX以降の前衛ポップを通過しながら、Avril Lavigne的エモ、The 1975的ダイナミズムを併せ持ち、“ポップ”という枠組みの中で表現可能な最大限の内面世界を提示している。
それは、他人に理解されるためではなく、自分を見失わないための手段としての音楽である。

本作によってBaby Queenは、ポップ・ミュージックの最前線に立つ“語り手”としての立場を確立したと言えるだろう。

歌詞の深読みと文化的背景

『Quarter Life Crisis』のリリックは、Z世代特有の“過剰な自己分析”と“共感への欲求”が交差する場所にある。
「I Can’t Get My Shit Together」や「23」のような曲では、社会が求める“正しさ”と自分の内面の不一致が赤裸々に語られ、それがポップ・ソングのフォーマットに落とし込まれている点にこそ革新がある。

また、「A Letter to Myself at 17」は、ただの自己慰撫ではなく、“自己回復のプロセス”を丁寧に描いた一篇の手紙であり、このアルバム全体を通じて語られてきた自己否定への対抗声明とも言える。

現代において“傷ついていることを隠さない”という姿勢は、ある種の勇気である。
Baby Queenはこのアルバムで、その勇気が連鎖していく可能性を提示しているのだ。