
発売日: 2012年10月30日
ジャンル: ジャム・ロック、サイケデリック・ロック、ガレージ・ロック
意識の奥で鳴るギター——Neil Young、終わりなきロックの旅路に再び火を灯す
『Psychedelic Pill』は、Neil YoungがCrazy Horseとともに2012年にリリースした32作目のスタジオ・アルバムであり、長尺のギター・ジャムと個人的な回想を織り交ぜた、“意識と記憶の音楽的地図”とも言える二枚組の大作である。
前作『Americana』で古典フォークソングを轟音で塗り替えた彼らが、ここでは純粋に“自分たちの音”を追求し、思うままにギターを鳴らす快楽と哀愁を露わにしている。
本作の楽曲は、即興に近い演奏と反復が特徴であり、時間や構造を超えた“流れ”としてのロックを体現している。
“Psychedelic Pill(サイケデリックな錠剤)”というタイトルが象徴するように、この作品は薬のように意識に作用し、聴く者をどこか遠くへ連れていく。
全曲レビュー
1. Driftin’ Back
27分を超えるオープニング大作。宗教、文化、音楽業界、自己——すべてへの違和感と希望を、ギターの波とともに語り続ける。 静と動の繰り返しが瞑想のような効果を生む。
2. Psychedelic Pill
タイトル曲。スラッジ気味のリフとフェイズ処理されたヴォーカルが特徴で、幻覚的かつ痛快なサイケ・ロックンロール。
3. Ramada Inn
約17分にわたって描かれる老夫婦の物語。愛、疲労、依存、記憶、再生といった人生の断片が、穏やかな語りとギターの往復で丁寧に綴られる。
4. Born in Ontario
ヤング自身の原点とアイデンティティを語る、カントリー・ガレージなナンバー。 故郷と創作の関係が主題。
5. Twisted Road
フォーク・ロック調で、ボブ・ディランやグレイトフル・デッドへのオマージュがちりばめられた、音楽的原風景を描く一曲。
6. She’s Always Dancing
中年の女性像を描く、哀愁とリフレインのロック・ナンバー。美しさと悲しさが背中合わせになったリリックが印象的。
7. For the Love of Man
スローなピアノとリバーブが広がる、息子に捧げたとされる優しいバラード。 本作の中で最も感情の深部に触れる楽曲。
8. Walk Like a Giant
16分超に及ぶ轟音ジャム。かつて世界を変えられると思っていた若者たちが、老いても“巨人のように歩く”その姿が、轟音とともに描かれる。 最後のノイズの崩壊も衝撃的。
9. Psychedelic Pill (Alt Mix)
タイトル曲の別ミックス。ヴォーカル処理が抑えられ、より直接的なグルーヴが感じられるヴァージョン。
総評
『Psychedelic Pill』は、Neil Young & Crazy Horseが“時間に逆らわず、ただ音を流す”ことに徹した、ロックの可能性を再確認するようなアルバムである。
楽曲の多くが10分超、さらには20分を超える大作もあり、いわゆる“曲”の枠を超えて、“音楽が存在する時間”そのものが作品になっている。
それは決して退屈ではなく、記憶、愛、怒り、失望、そして老いといった人間のリアルな感情が、そのまま“音”として鳴っているからだ。
“サイケデリック”とは単に幻覚的な音ではなく、**過去と未来、現実と夢を自在に行き来する“精神の作用”なのだと、この作品は静かに、そして轟音で語りかけてくる。
おすすめアルバム
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Ragged Glory / Neil Young & Crazy Horse
轟音とジャムの原点。『Psychedelic Pill』の精神的源流。 -
Sleep’s Dopesmoker / Sleep
長尺反復と“音そのもの”を極限まで押し広げたドゥームの金字塔。 -
Electric Ladyland / Jimi Hendrix Experience
サイケデリアとギター探求の極み。精神の旅としてのロック。 -
American Stars ‘n Bars / Neil Young
ヤングの多面的音楽性を一枚で体験できる変則アルバム。 -
Lift Yr. Skinny Fists Like Antennas to Heaven! / Godspeed You! Black Emperor
時間と構造を解体しながら音で物語を描く、ポストロック的共鳴作。
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