
発売日: 1997年10月13日
ジャンル: ブリットポップ、オルタナティヴ・ロック、インディーポップ
概要
『Pleased to Meet You』は、Sleeperが1997年に発表したサード・アルバムであり、
ブリットポップ・ムーヴメントの終焉を予感させる中で制作された、より成熟したポップスと内省的サウンドが同居する作品である。
前作『The It Girl』でポップセンスと辛辣な歌詞を融合させたSleeperは、
本作において、サウンドの多様性とリリックの深みをさらに追求し、バンドとしての最終進化形を提示した。
しかしながらリリース当時は、UK音楽シーンがブリットポップからポストロック、エレクトロニカ、ラジカルな実験主義へと向かい始めていたタイミングでもあり、
本作の繊細な表現やメロウな構成は、前時代的とも見なされ十分な評価を得られなかった。
それでもなお、本作にはSleeperらしい都会的な虚無感、曖昧な人間関係、抑えられた怒りや性の影が、美しいメロディの中にしっかりと刻まれている。
全曲レビュー
1. Pleasure
オープニングにしてタイトルと呼応するトラック。
機械的なドラムとミニマルなコードワークが際立ち、快楽と無感覚の狭間を漂うような知的な幕開け。
2. She’s a Good Girl
ルイーズの語り口が冴え渡る代表曲のひとつ。
“いい子でいる女の子”という言葉の裏に、性別役割への反抗と皮肉が込められた鮮烈なフェミニスト・ポップ。
3. Rollercoaster
甘くメロディアスなポップソング。
感情の浮き沈みを“ジェットコースター”になぞらえるリリックが、日常の感情劇をドラマティックに描写。
4. Motorway Man
都市と郊外、逃避と追憶を往復する旅的ナンバー。
サウンドにはモータリックな疾走感があり、“道路”という現実的メタファーが心象風景と重なり合う。
5. What Do I Get?
Buzzcocksの名曲を大胆にカバー。
エッジの効いた演奏と、ルイーズの冷淡なヴォーカルによって原曲とは異なる“女性的孤独”が表出する。
6. Nice Guy Eddie (Reprise)
前作の人気曲の再演。
よりリラックスしたトーンで、“いい人”の不完全さと欺瞞を浮き彫りにする別視点。
7. Romeo Me
本作のハイライト。
“ロミオになって”という言葉に込められた期待と失望、恋愛の演劇性を皮肉交じりに描いた美しいギターポップ。
8. Cigarettes & Alcohol (Hidden Track)
Oasisの名曲ではなく、同名タイトルのインスト風の小曲。
快楽主義への倦怠感をにじませる、ミニマリスティックな実験的挿話。
9. Because of You
内向的なバラード。
“あなたのせいで”というフレーズに、関係性における依存と憎しみのアンビバレントな感情が滲む。
10. Breathe
深いエコーと広がりのあるギターが、アンビエントに近い空気感を作り出す。
タイトル通り“呼吸”がテーマで、生きているだけで苦しい、という都市的実存感が流れる。
11. Firecracker
エネルギッシュな後半の加速要因。
爆竹のように破裂する感情と、それを包む優しいサウンドとのギャップが心地よい。
12. House on Fire
アルバムを締めくくるにふさわしい、静かで内省的なナンバー。
燃え続ける“家”は、関係や自分自身の破壊のメタファーであり、終わりゆく物語の余韻が静かに広がる。
総評
『Pleased to Meet You』は、Sleeperにとっての“もっとも成熟し、もっとも見過ごされた”アルバムである。
本作では、ブリットポップ的な高揚感よりも、
静かな傷み、皮肉を込めた愛情、自己認識の再編が前面に出ており、
彼らが単なるムーヴメントの副産物ではなかったことを証明している。
特にルイーズ・ウェナーの歌詞は、皮肉や批評性だけでなく、
恋愛における不完全さや、都市で生きる女性としての繊細な孤独が静かに浮かび上がる。
音楽的にも、ギターポップの枠を超えて、アコースティックやエレクトロ、
さらにはアンビエントな要素までを含んだ多彩なアレンジが試みられており、
バンドとしての広がりと終着点が同時に描かれているようでもある。
おすすめアルバム
- Marion / The Program
ポスト・ブリットポップ期における影と叙情を併せ持った作品。 - Longpigs / The Sun Is Often Out
鋭さとメロウさが同居するUKロックの隠れた名盤。 - Gene / Revelations
ブリットポップの終焉とともに生まれた知的なサウンドの結晶。 - Aimee Mann / Bachelor No. 2
恋愛と自己崩壊のポップ化という点で共振する。 - The Sundays / Static & Silence
淡く静かで美しい、女性的内面を描いた後期ドリームポップの名作。
歌詞の深読みと文化的背景
『Pleased to Meet You』のリリックには、90年代末のイギリス社会に漂う虚無感と、
“過ぎ去ったムーヴメントのなかで自分を再定義しようとする”試みが顕著に表れている。
「She’s a Good Girl」は、“良い女”という社会的役割の窮屈さと、それに対する諦観まじりの反抗を示し、
「Romeo Me」では、恋愛の中にある演劇性や欺瞞が、過剰にロマンチックなイメージを脱構築している。
また、「Breathe」や「House on Fire」などでは、
日常そのものが持つ息苦しさ、関係性の炎上と崩壊、それを見つめる冷静なまなざしが表現され、
“感情を叫ばずに描く”というルイーズのスタイルが深化していることがわかる。
本作は、ブリットポップという時代の残照の中で生まれた、
優しく、静かで、そして深く刺さる“終わりの美学”の記録なのである。
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