発売日: 1990年5月
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポップ・ロック、ブリットポップ前夜
概要
『Permanent Damage』は、The Icicle Worksが1990年に発表した通算4枚目のスタジオ・アルバムであり、バンド名義としては最後の作品である。
この時点でイアン・マクナブ以外のオリジナルメンバーは脱退しており、実質的には彼のソロ・プロジェクトとしての色が強くなっていた。
タイトルが示すように、本作は“回復不能な傷”を象徴しており、バンド内外の変化、音楽産業への失望、そして個人的な葛藤がサウンドと歌詞に滲み出ている。
サウンド面では、前作『Blind』の攻撃的な衝動を一部引き継ぎつつも、より明快なメロディラインとポップ指向へと移行。
90年代的なギター・ポップの萌芽を感じさせる場面もあり、イギリス・ロックの世代交代の狭間で生まれた、過渡期のドキュメントのような作品となっている。
全曲レビュー
1. I Still Want You
アルバムの幕開けにふさわしい、エネルギッシュでエモーショナルなラブソング。
タイトルに込められた切実な想いは、明快なコード進行と力強いサビに集約される。
ポップ・ロックの王道をいく構成ながら、イアン・マクナブの歌唱が持つリアリティが、軽薄さを感じさせない。
2. Motorcycle Rider
タイトル通り、疾走感に満ちたロックナンバー。
ツーリングをモチーフとしつつ、実際には“人生という旅路”や“自由への渇望”といった比喩的意味を帯びている。
ギターのカッティングとドラムのドライブ感が爽快さを演出しつつ、メロウな余韻も残す。
3. Melanie Still Hurts
失恋と回想を主題としたメランコリックなミッドテンポの楽曲。
「まだメラニーは痛みの中にいる」と繰り返される歌詞は、感情の浸食と反復性を示唆する。
サウンドは控えめながら、内面の傷に静かに触れるような繊細な筆致が光る。
4. Permanent Damage
アルバムのタイトル・トラックにして核心。
ギターは鋭利に鳴り響き、歌詞は自己破壊と再生の狭間を綴る。
「回復不能な損傷」という言葉は、個人的な関係や精神の摩耗、そして時代の空気までをも包括するメタファーとして機能している。
終始張り詰めたテンションと、解放されない情念が印象深い。
5. Shouldn’t Fall In Love
ややレトロなサウンドが印象的な楽曲。
タイトルの通り、恋に落ちるべきではなかったという後悔の情が淡く漂う。
メロディ自体は軽快でキャッチーであり、そのギャップが切なさを引き立てる。
6. What She Did to My Mind
90年代初頭らしいモダンなアレンジが施されたナンバー。
シンセの控えめな使用とギターの歪みが融合し、シューゲイザー以前のノイズポップ的感覚を感じさせる。
「彼女が僕の心にしたこと」という一文に凝縮された感情の起伏と混乱が、そのままサウンドの波として押し寄せてくる。
7. Hey Little Darlin’
ポップでラジオ・フレンドリーなチューン。
1950〜60年代のロックンロールへのオマージュとも取れるスタイルで、バンドとしての軽快さを取り戻したかのような瞬間である。
過去の音楽遺産への愛情と、それを現代的に再解釈する姿勢が伺える。
8. Hope Springs Eternal
タイトルは“希望は永遠に湧き出る”というイディオムを引用。
ミドルテンポでありながら、力強いメッセージ性を湛えたロック・バラードで、イアン・マクナブのソングライティングの巧みさが際立つ。
希望と絶望の間で揺れる心理描写が丁寧に表現されており、アルバムの中でも精神的な中心を成す楽曲と言える。
9. The Kiss
前作『Blind』にも同名の楽曲が存在するが、こちらは完全に別の曲である。
シンプルなギター・アルペジオに乗せて綴られる情熱と後悔。
静かな語り口ながら、ラストに向けて感情が激しくなる構成は、バンドのダイナミズムの名残を感じさせる。
10. Woman on My Mind
軽やかなサウンドと甘いメロディで、恋する瞬間のときめきを描くポップ・ナンバー。
アルバム全体の中では数少ない“明るさ”を持つ楽曲であり、終盤の息抜き的な役割も果たす。
一見シンプルだが、アレンジの隙間に繊細なセンスが光る。
11. Looks Like Rain
クロージングを飾るにふさわしい、穏やかな寂寥感を湛えた曲。
「雨が降りそうだ」という日常的な表現に託された心象風景が、静かにリスナーの心を締めつける。
この曲が終わる頃、聴き手には言葉にできない余韻だけが残される。
総評
『Permanent Damage』は、The Icicle Worksというバンドが最終的にたどり着いた境地を映す鏡であり、同時にイアン・マクナブの個人的な成長と孤独を浮き彫りにする作品でもある。
本作においては、バンドとしての一体感というよりも、個の情念や内省が主軸となっており、よりソロ的な色合いが強い。
そのため、一貫した音楽的トーンはやや失われた印象を与える一方で、楽曲ごとの感情の振幅はこれまで以上に深く、多様である。
サウンド面では、80年代の遺産に別れを告げるようなノスタルジーと、90年代のポップ/ロック的感性が交錯し、時代の“はざま”にある作品として、独自の魅力を放っている。
このアルバムは、バンドの総括として聴くとともに、イアン・マクナブというソングライターの過渡期の記録としても価値が高い。
一筋縄ではいかない“感情の地層”を味わいたいリスナーにこそ勧めたい一枚である。
おすすめアルバム(5枚)
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Del Amitri – Waking Hours (1989)
哀愁とポップ性が同居するUKギター・ポップの名盤。感情の厚みに共通性がある。 -
World Party – Goodbye Jumbo (1990)
同時代的なポップ指向と、哲学的な歌詞世界が響き合う作品。 -
The Waterboys – Room to Roam (1990)
ソロ性が強まったバンド後期のフォーク・ロック作品としての類似点がある。 -
Ian McNabb – Truth and Beauty (1993)
本作以降に発表されたイアン・マクナブのソロデビュー作。内省と開放が織りなす傑作。 -
The Blue Aeroplanes – Swagger (1990)
ポエトリー・ロックとオルタナの融合。文学性と演奏力が光る隠れた名盤。
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