アルバムレビュー：Penthouse and Pavement by Heaven 17

発売日: 1981年9月
ジャンル: シンセポップ、エレクトロファンク、ニューウェイヴ

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Penthouse and Pavement』は、Heaven 17が1981年に発表したデビュー・アルバムであり、政治的意識とダンスビートを融合させたポストモダンなシンセポップの金字塔である。
元The Human Leagueのメンバーだったマーティン・ウェアとイアン・クレイグ・マーシュが、新たにヴォーカリストとしてグレン・グレゴリーを迎え結成したHeaven 17は、より社会的かつ音楽的に野心的な方向性を打ち出した。

アルバムタイトルの「ペントハウス（高層階）と舗道」は、資本主義社会におけるエリートと労働者、理想と現実の対比を象徴している。
サウンド面では、当時最先端だったシンセサイザーやリズムマシンを駆使しながら、ジャズ、ファンク、ソウルの影響を積極的に取り入れ、“踊れる政治音楽”とも言うべきスタイルを築き上げた。

商業的にはシングル「(We Don’t Need This) Fascist Groove Thang」が話題となり、BBCでは政治的に過激とみなされ放送禁止にもなったが、逆にそれがバンドの名前を一気に広める結果となった。
本作は単なるダンス・アルバムではなく、1980年代イギリスの社会不安、サッチャリズム、階級意識といった文脈の中で再評価されるべき作品である。

全曲レビュー

1. (We Don’t Need This) Fascist Groove Thang

アルバムの幕開けにして最大の問題作。
ファンキーなシンセベースと鋭利なリズムに乗せて、“ファシストなんてノリたくない”という直接的な政治批判が炸裂する。
反サッチャー、反レーガンのメッセージが当時としては非常に挑発的で、BBCによる放送禁止処分も話題に。
シンセポップに政治性を持ち込んだ歴史的な一曲。

2. Penthouse and Pavement

タイトル曲にして、グルーヴィーなエレクトロ・ファンクの傑作。
上流階級のビジネスマン的ペントハウスと、舗道を生きる一般人という社会的二項対立がテーマ。
ファンキーなベースライン、キーボードのスラップ音、そしてシニカルな歌詞が織りなすコントラストが見事。

3. Play to Win

よりポップな質感を持ちつつ、欲望と競争社会への皮肉を込めたナンバー。
「勝つためにプレイする」というタイトル自体が、消費社会における成功主義への疑問を投げかけている。
キャッチーでありながらも、サブテキストは常に鋭い。

4. Soul Warfare

R&Bの影響が色濃い異色のトラック。
“魂の戦争”という比喩は、愛と政治、個人と社会の間にある緊張を象徴する。
ヴォーカルのグレン・グレゴリーのソウルフルな歌唱が映える一曲。

5. Geisha Boys and Temple Girls

オリエンタリズムと欧米的消費文化を交錯させた、ポリティカルかつスタイリッシュなナンバー。
文化のステレオタイプ化と性的搾取をアイロニカルに描写している。
当時の日本ブームを背景にした批評的視点も興味深い。

6. Let’s All Make a Bomb

冷戦時代の核の脅威を、軽快なエレクトロ・ポップの中に封じ込めた異様な楽曲。
“みんなで爆弾を作ろう”というフレーズが皮肉でしかなく、技術と破壊の関係を問いかける。
遊び心と恐怖感が同居する、80年代ならではの問題意識。

7. The Height of the Fighting

シングルとしてもカットされた疾走感のあるナンバー。
軍事的攻撃と感情的闘争を重ねるような歌詞が、ポリティカルでありながらも非常にパーソナルにも響く。
エレクトロファンクのリズムに鋭さが宿る。

8. Song with No Name

やや実験的な構成を持つ中間曲。
不安定なリズムと抽象的な歌詞が、1980年代初頭の社会的混乱を反映する。
タイトルが“名前のない歌”であることが、逆説的にこの時代の“名づけられない不安”を物語る。

9. We’re Going to Live for a Very Long Time

アルバムを締めくくるアンセミックなトラック。
“私たちはとても長く生きるだろう”という言葉が、楽観とも皮肉とも取れる二重性を持つ。
未来への希望と不安が交錯する、80年代の終末感を描いたような一曲。

総評

『Penthouse and Pavement』は、1980年代初頭のイギリス社会に対する冷ややかで鋭利な観察と、先進的な音楽テクノロジーの融合によって生まれた、シンセポップの革命的作品である。
Heaven 17は、ただ踊らせるだけの音楽ではなく、考えさせ、問いかけ、警鐘を鳴らす音楽をエレクトロファンクという形式に変換することに成功した。

このアルバムにおけるグレン・グレゴリーの歌声は、ディストピアとデカダンスを滑らかに歌い上げ、マーティン・ウェアとマーシュのサウンド・デザインは、未来と現実の狭間に立つ都市音楽を描写している。
政治と美学が高度に交差したそのスタイルは、のちのPet Shop BoysやNew Order、さらにはHot Chipなどの後続アーティストにも影響を与えている。

『Penthouse and Pavement』は、今なおその野心とクールネスを失わない、ポップと批評の理想的交差点に立つ歴史的傑作である。