Pennyroyal Tea by Nirvana(1993)楽曲解説

Spotifyジャケット画像

1. 歌詞の概要

「Pennyroyal Tea」は、Nirvanaが1993年に発表したアルバム『In Utero』に収録された楽曲であり、カート・コバーン自身の精神状態や身体的・感情的な疲弊を、静かで不気味な比喩によって表現した作品である。タイトルにある「ペニーロイヤルティー(Pennyroyal Tea)」とは、古くから用いられてきた薬草で、特に中絶や月経促進の民間療法として知られている。この曲ではそれが“浄化”や“痛みからの解放”の象徴として用いられている。

歌詞には明確なストーリー性がない。しかしその断片的な言葉の一つ一つが、カートの苦しみと自虐、そして強い倦怠感をリアルに反映している。「I’m anemic royalty(僕は貧血気味の王族)」というフレーズが示すように、社会的に注目される立場にいながらも、自分の内側は空っぽで、血の気も引いていくような虚無感が漂っている。

全体としては、「助けて」とは言わないが、どこかで「終わらせたい」「何も感じたくない」という静かな“自己消失願望”がにじみ出ており、まさに『In Utero』というアルバム全体が持つ、内臓をえぐるようなリアリズムの一端を担っている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Pennyroyal Tea」は、カート・コバーンが1990年頃に書き始めた楽曲で、最初はアコースティックなデモとして生まれた。のちにスタジオ録音され、『In Utero』で完成形として発表された。曲のテーマにある“浄化”や“痛みの排除”は、カートが抱えていた慢性的な胃痛や精神的不安、そして薬物依存との闘いとも深く関係している。

カートはしばしば、「自分を完全に空っぽにしたい」「すべてを出し切って無に還りたい」というような感覚を言葉にしており、それがまさにこの曲の底流にある。「Pennyroyal Tea」は、そうした内的な痛みを静かに訴える“毒のない叫び”として書かれているのだ。

また、この曲は1994年にシングルとしてリリースされる予定だったが、カートの死によりプロモーションが中止され、当時の公式シングルは幻となった。後に再発され、未発表だった別バージョンなども含め、今では“彼の最後のメッセージのひとつ”として受け止められている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“I’m on warm milk and laxatives
Cherry-flavored antacids”
僕は温かいミルクと下剤で生きている
チェリー味の制酸剤と一緒に

“I’m anemic royalty”
僕は貧血気味の王族さ

“Sit and drink Pennyroyal Tea
Distill the life that’s inside of me”
腰を下ろして、ペニーロイヤルティーを飲む
僕の中にある命を、じわじわと蒸留していく

引用元:Genius Lyrics – Pennyroyal Tea

この詩は、身体の不調と精神の空洞を重ねるようにして描かれている。生活感のある“制酸剤”や“下剤”といった単語が、逆に痛々しさを増幅させる。ペニーロイヤルティーは、そうした“終わらせるための静かな儀式”として、象徴的に使われている。

4. 歌詞の考察

「Pennyroyal Tea」は、Nirvanaの中でも特に“日常の中に潜む絶望”を描いた楽曲である。それは刹那的な激情ではなく、身体の弱さや無気力、感情の濁りを繊細に綴った“ゆっくりと沈んでいく歌”なのだ。

「I’m anemic royalty」という一節は、まさにカート自身のアイデンティティの分裂を象徴している。“王族”とは、Nirvanaが世界的な成功を収め、頂点に立つ存在となったことを指している。しかし彼自身はその高みにおいて、誇りや充実感を感じるどころか、むしろ貧血のように虚弱で、何も満たされない状態にあった。

また、「Distill the life that’s inside of me」というラインには、生命を“抽出する”という奇妙な冷静さが込められている。これは死を明確に求めているわけではないが、「生きているという感覚が苦しい」という思いが、淡々とした語りの中に滲み出ている。カートはここで、“死を求める衝動”と“生き続ける苦悩”の間に揺れながら、まるで静かに自身を分析しているかのようだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Needle in the Hay by Elliott Smith
    静けさの中に潜む痛みと、自己破壊的な衝動を描いたアコースティック・ナンバー。精神の揺らぎをそっとなぞるような表現が共通している。

  • Hurt by Nine Inch Nails / Johnny Cash
    身体と精神の痛みを赤裸々に描いた楽曲で、特にジョニー・キャッシュのカバー版は「Pennyroyal Tea」と同じ“終わりの気配”を漂わせる。
  • You Know You’re Right by Nirvana
    Nirvanaの最後期に書かれた未発表曲で、こちらも淡々とした語り口の中に焦燥感と断絶が漂う。

  • Black Star by Radiohead
    心の病、自己の崩壊を静かに語る楽曲。音の構成とリリックの不安定さが「Pennyroyal Tea」と響き合う。

6. うがい薬のように沁みる、自己否定のバラード

「Pennyroyal Tea」は、Nirvanaの中でも特に“沈黙の中の叫び”が印象的な作品である。音は比較的穏やかで、アコースティック調のアレンジも多くのバージョンで採用されているが、そこに流れるメッセージは極めて重く、ひとつひとつの言葉が痛々しいまでにリアルだ。

この曲が持つ“毒”は、激しさや怒りではなく、どこにも出口のない苦しみを淡々と綴る“静かな地獄”のようなものだ。まるで喉にしみるうがい薬のように、苦く、じわじわと効いてくる。

カート・コバーンは決して「死にたい」とストレートに歌うことはなかった。だが彼の多くの歌が、そうした感情の周縁をさまようことで、“本当に生きることとは何か”を問い続けていた。「Pennyroyal Tea」は、その問いかけが最も曖昧で、最も静かで、そして最も切実に響いてくる一曲なのである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました