Oxford Comma by Vampire Weekend(2008)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Oxford Comma」は、Vampire Weekendが2008年にリリースしたデビューアルバム『Vampire Weekend』に収録された代表曲のひとつであり、そのタイトルからしてユニークな知性と皮肉が炸裂する、ポップでありながら非常に文学的なロックソングである。

「Oxford comma(オックスフォード・コンマ)」とは、英文でリストを列挙するときに使う、*最後の「and」の前に置かれるコンマ(,)のこと。タイトルであり冒頭の一節でもある「Who gives a f about an Oxford comma?(オックスフォード・コンマなんてどうでもいいじゃないか)」という挑発的なラインは、細かいことにこだわる知識人社会への痛烈な皮肉とも読めるし、ポップカルチャーと教養の間に揺れる若者のアイロニカルな自意識としても捉えることができる。

歌詞では、言語、階級、恋愛、文化、歴史などが断片的に挿入されながら、全体としては「言葉なんかじゃ何も伝わらない」「規則や正しさなんかどうでもいい」という現代的な倦怠と軽やかな諦観が通底している。ポップなメロディとは裏腹に、非常に風刺的かつ詩的な作品である。

2. 歌詞のバックグラウンド

Vampire Weekendは、コロンビア大学の学生たちによって結成されたバンドであり、その高学歴バックグラウンドはしばしば音楽性にも現れている。彼らの歌詞には、文法、地政学、歴史、美術、言語などの教養的要素が頻繁に登場し、ロックの枠を超えた“知的ポップ”として多くのファンを惹きつけてきた。

「Oxford Comma」は、その知性と皮肉の象徴とも言える楽曲であり、「文学的ルール」や「正しさ」に対して投げつけられる最初の一撃は、バンドが提示する自由で奔放な美学を明確に打ち出している。エズラ・クーニグ(Vo)は、インタビューの中でこの曲について「言葉の規則に縛られることの滑稽さを描きたかった」と語っており、言葉や文化が権威化されることへのアンチテーゼとしてこの楽曲が書かれたことが分かる。

また、歌詞中に登場する「Dharamsala」や「Lil’ Jon」といった異なる文化圏の名前の混在は、ローカルとグローバル、エリートとストリート、教養と俗っぽさの混在という、まさにVampire Weekend的な世界観を体現している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Oxford Comma」の印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を併記する。

Who gives a f*** about an Oxford comma?
オックスフォード・コンマなんて誰が気にするんだ?

I’ve seen those English dramas too
俺だってイギリスのドラマは観たことがある

They’re cruel
あいつら、意外と冷たいんだよな

Some lies about the world being round
「地球が丸い」なんてウソっぱち

Don’t you see me?
僕のこと、ちゃんと見えてるか?

I’m the same as I was when I knew the ropes
何も変わってないよ、世の中をわかってた頃と同じさ

出典:Genius – Vampire Weekend “Oxford Comma”

4. 歌詞の考察

「Oxford Comma」の歌詞は、一見するとバラバラの断片が並べられているように感じられるが、その背後には明確なテーマ——**教養、階級、文化、恋愛に対する“距離感”と“皮肉”**が流れている。

冒頭の「Who gives a f*** about an Oxford comma?」というラインは、言語的な形式主義への反発として非常に象徴的だ。教養ある人々が好んで使うオックスフォード・コンマという形式に対し、「そんなの気にしてどうするの?」と切り捨てることで、“正しさ”や“知識”に価値を置く文化への挑発が表現されている。

また、「Dharamsala(ダラムサラ)」というインドの仏教の聖地と、「Lil’ Jon(アメリカ南部のラッパー)」を同じ文脈で登場させることで、高尚と低俗、東洋と西洋、スピリチュアルとエンターテインメントの境界を曖昧にしている。これは、知識を持ちながらも皮肉な視点でそれを相対化する、Vampire Weekend特有の「知的遊び」ともいえる。

さらに、「地球が丸いなんて嘘だろ」や「彼女は貴族を気取ってるけど、実はそうでもない」というようなラインには、真実とされているものに対する不信、そして自意識とアイデンティティのずれが現れている。つまりこの曲は、**教養があるがゆえの迷いと冷笑、そして皮肉を武器にした“現代の青春譜”**なのである。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Cape Cod Kwassa Kwassa by Vampire Weekend
    南国風アフロビートに乗せて、植民地主義とロマンスをアイロニカルに描いた楽曲。

  • This Life by Vampire Weekend
    より成熟した視点で愛と人生を捉えた、明るさと諦観の混在する傑作。
  • White Winter Hymnal by Fleet Foxes
    断片的なイメージで構成された、フォーク調の謎めいた詩的世界。

  • Fake Empire by The National
    アメリカン・ドリームと現代の幻滅を重層的に描く、知的インディーの代表曲。

  • Lump by Presidents of the United States of America
    シンプルでノンセンスな言葉遊びが痛快な、脱構築型オルタナティブ・ロック。

6. 教養と皮肉の間で踊るポップ——「Oxford Comma」が突きつけた“正しさ”の不確かさ

「Oxford Comma」は、文法上のルールに引っかかるような“正しさ”と、それに対する若者たちの皮肉と反抗心を、音楽として昇華した楽曲である。インディーロックにありがちな“感情の爆発”とは異なり、ここでは冷静で軽やかな声が、極めてシャープな問いを突きつける。それは、「正しい言葉を選ぶことは、本当に人とわかり合うために必要なのか?」という問いである。

そして、この曲が放つエネルギーは、単なる言語論ではない。文化、階級、恋愛、自己と他者の距離感といった、現代社会のあらゆる“規範”への疑問であり、それをポップミュージックの形式で問いかけたことに、Vampire Weekendの革新性がある。

知性をもてあそびながらも、どこか無力で、人間臭くて、切ない。それが「Oxford Comma」で描かれた現代の若者像だ。そしてその風刺と遊び心に満ちた音楽は、今なお新鮮な響きを保ち続けている。軽くて深い。明るくて鋭い。そんな逆説の中に、“今”という時代の真実が宿っているのだ。

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