Over by Syd(2017)楽曲解説

 

1. 歌詞の概要

Sydの「Over」は、2017年のソロ・デビュー・アルバム『Fin』に収録された楽曲であり、別れの瞬間の感情を極めてクールかつ静謐な語り口で描いた失恋ソングである。タイトルの「Over(終わった)」という言葉が象徴するように、この曲は恋愛関係の幕引きをテーマにしており、愛が冷めたあとに残された“後始末”のような感情が丁寧に綴られている。

歌詞では、Sydがパートナーとの関係が壊れかけていることを認識しつつも、まだわずかに未練を残しているようなニュアンスが伝わってくる。だがその表現は決して感情的ではなく、むしろ醒めた視点で自分と相手を見つめ直し、関係の終焉を静かに受け入れていくプロセスを描いている。愛と別れの間にある曖昧な感情──まだ完全に「終わった」とは言い切れない、けれどもう戻れない──そのリアルで微妙な空気感が、言葉少なに丁寧に表現されているのがこの曲の大きな特徴である。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Over」は、Sydのソロ・アルバム『Fin』の中でも特に内省的な楽曲であり、ミニマルなトラックと控えめなヴォーカルが、彼女の“静かな痛み”をより強調する形で作用している。アルバム全体が彼女のパーソナルな感情を断片的に描き出す構成になっており、「Over」はその中でも“関係の崩壊”をテーマとする数少ないトラックのひとつだ。

Sydはこのアルバムで、LGBTQ+コミュニティに生きる女性としての恋愛観や自己認識を、抑制された語り口で描いており、従来のR&B的“別れの劇場”とは異なる、極めて現代的でニュートラルな視点を提示している。ときに感情が暴走しがちな“失恋ソング”において、あえて静けさと理性を保ち続けるこの楽曲は、成熟した視点を持つ人々に深く響く構造になっている。

プロダクションは極めてミニマルで、アンビエントのような空気感の中にわずかなビートとメロディが浮かび上がり、Sydの囁くような歌声がその空間にそっと置かれる。この音の距離感こそが、“終わってしまった関係”の感情の距離そのものを音楽的に再現している。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – Over

I could be wrong, but I feel like I’m right
間違ってるかもしれないけど、正しいような気がするの

We been through it long enough to know that it’s over
もう終わったってわかるくらい、十分いろいろあったでしょ

We got too much pride / So much to lose
お互いプライドが高すぎたよね 失うものも多すぎた

I don’t even wanna fight / I just wanna say goodbye
もう喧嘩もしたくない ただ静かにサヨナラを言いたいの

このように、感情を押し殺した言葉の中に、深い悲しみと静かな決断が滲んでいる。

4. 歌詞の考察

「Over」の歌詞は、別れの瞬間の“感情の温度”を絶妙に描写している。ここでの主人公は、まだ心のどこかで相手に未練があるものの、それを乗り越えなければならないことを理解している。だからこそ、激しく泣いたり怒ったりするのではなく、むしろ“無言の悲しみ”を選ぶ。まさに、静かに幕が下りていく関係性の終焉だ。

「We got too much pride(お互いプライドが高すぎた)」というラインは、とても人間的だ。愛し合っていたふたりが、傷つくことを恐れて徐々に距離を取り、やがてその距離が埋まらなくなってしまう──そんな恋愛のリアルを、Sydはあくまで冷静に、けれど切実に描き出す。

また、「I just wanna say goodbye(サヨナラが言いたい)」という言葉には、もはや愛を求めるのではなく、“終わりを告げること”こそが癒しになるという、大人の決意が込められている。Sydの歌声は、その言葉を声高に叫ぶのではなく、あくまで囁くように語りかけることで、“別れを選ぶことの優しさ”を音楽として提示しているのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Garden (Say It Like Dat) by SZA
     不安と愛情の間を揺れ動く、繊細で内向的なラブソング。
  • Let Me Down Slowly by Alec Benjamin
     関係が終わっていく静かな痛みを、美しくも脆く描いた別れの歌。
  • Call It Off by Tegan and Sara
     壊れかけた関係を見つめ、静かに終わらせる選択を描いたインディーポップの名曲。
  • Pretty Wings by Maxwell
     別れと解放を神聖に描いた、R&Bのバラードクラシック。
  • Motion Sickness by Phoebe Bridgers
     関係性の毒を淡々と綴りながら、自己を取り戻していく女性の視点を描いた名曲。

6. “終わりを受け入れる”という感情のエレガンス

Sydの「Over」は、失恋を感情的にぶつけるのではなく、むしろ“感情を丁寧に整理しながら手放す”という新しい失恋の表現を提示している。それはまるで、散らかった部屋をゆっくりと片付けて、最後に静かにドアを閉めるような、静かな終わりの美学である。

別れは常に痛みを伴うものだが、それを騒がず、泣かず、ただ“正直に受け止める”ことができたとき、人はようやく前に進む準備が整う。この楽曲は、そのための儀式のようにさえ思える。

Sydは、愛の終わりにもエレガンスがあることを教えてくれる。そしてそのエレガンスとは、自分と相手の過去に敬意を払いながら、“次のステージ”へと向かう静かな勇気のことなのだ。そんなメッセージが、「Over」のすべての音と沈黙に、そっと染み込んでいる。

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