
1. 歌詞の概要
「Out of This World」は、Republicaのセルフタイトル・デビュー・アルバム『Republica』(1996年)に収録された楽曲であり、同作に収められた中でも最も“叙情的なスペース”を感じさせるトラックのひとつである。タイトルが示すように、この曲は現実の喧騒を抜け出し、感情的あるいは空間的に“この世界の外側”を目指すようなテーマを持っている。
歌詞は全体として明確な物語構造を持つものではなく、むしろ感覚的な断片の連なりとして構成されている。そこには、現実逃避ともいえるような夢想、または目の前にある世界への違和や倦怠、さらには超越願望とでも呼べる心情が織り込まれており、タイトルの「Out of This World」は単なる賛辞ではなく、むしろ“この場所にいたくない”という叫びに近いニュアンスすら感じさせる。
Republicaの中でも、派手なフックやアグレッシブなエレクトロ・ロック路線とはやや異なり、内面を見つめるようなトーンが際立つ一曲であり、それが本作の多層的な魅力を支えている。
2. 歌詞のバックグラウンド
1990年代半ば、Republicaは「Ready to Go」や「Drop Dead Gorgeous」といったパワフルでエネルギッシュな楽曲で注目を浴びたが、「Out of This World」ではより繊細で内向的な側面を見せている。彼らの音楽的スタイルは、ビッグ・ビート、インダストリアル、エレクトロ・ロック、ポップと幅広いが、この曲ではアンビエントなシンセの使用や、音数を抑えたミドルテンポの構成などが、非日常的な感覚を丁寧に演出している。
ボーカルのSaffron(サフロン)も、本楽曲ではいつもの力強さとは異なり、どこか浮遊感のある歌い方を披露しており、それが楽曲全体に“現実感の希薄さ”をもたらしている。まるで宇宙に投げ出されたかのような孤独感と、そこに同時に広がる解放感が交錯する――そんな静かで美しい異世界的風景がこの曲にはある。
また、この楽曲が置かれたアルバム後半という構成も見逃せない。アップテンポでアグレッシブな楽曲が続いたあとにこの曲を配置することで、まるで“エネルギーの反動”のように、心の静寂と余韻を感じさせる空間が出現するのだ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
You take me out of this world
あなたは私をこの世界の外へ連れ出してくれる
この一節は、単なる愛の賛美というよりも、現実からの“避難”を求めるような切実さを感じさせる。誰かの存在によってしか、自分が今いる場所から逃れられないという依存性も感じられるフレーズだ。
I don’t know where I’m going
どこに向かっているのか分からないBut I know it’s not here
でも、ここじゃないってことだけは分かる
この印象的なラインは、迷いと確信、無知と直感といった相反する感情を一つにまとめ上げた非常に象徴的な表現である。“今の場所ではないどこかへ”という衝動は、自己変革や現状否定の核心にある普遍的な感情でもある。
※歌詞引用元:Genius – Out of This World Lyrics
4. 歌詞の考察
「Out of This World」の歌詞は、明確な主語やストーリーを排し、リスナーに自由な解釈を促すような曖昧さを孕んでいる。それゆえに、この曲はある人にとっては“恋に落ちた高揚感”であり、また別の人にとっては“逃避の夢”であり、また別の誰かには“失われた場所への追憶”となり得る。
その中でも一貫して感じられるのは、「ここではないどこか」への願望である。それはユートピアかもしれないし、単なる幻想かもしれない。だが、その“場所”を具体的に描かないことで、リスナー自身が自分にとっての「この世界の外側」を投影できる余地が残されている。
また、Saffronの歌い方はこの曲において非常に重要である。彼女は叫ばない。訴えない。ただ淡々と、少し諦めたような声で世界との距離を語る。その無力感と微かな希望が、リリックとサウンドの間に静かに染み込んでいく。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Teardrop by Massive Attack
愛と孤独、現実と夢の狭間を揺れるように描いたトリップホップの名作。 - Heaven or Las Vegas by Cocteau Twins
意味の曖昧なリリックと浮遊感のあるサウンドで“この世界の外側”を感じさせる楽曲。 - Fade Into You by Mazzy Star
静かでメランコリックな旋律に包まれた、憂いと逃避のバラード。 - Overcome by Tricky
内省的なリリックとミニマルなサウンドが織りなす、都市的な孤独の表現。 -
Enjoy the Silence by Depeche Mode
言葉にならない感情を抱えながら、それでも静寂を求める心を描いたシンセ・バラード。
6. この世界の外側に思いを馳せる
「Out of This World」は、Republicaのカタログの中でも異彩を放つ一曲であり、それは単に曲調が落ち着いているからではない。そこには、現実からの逸脱願望や、内なる静寂への憧れ、そして不確かな未来に対する希求といった、誰しもが持つ深層心理が詩的に描かれているからだ。
この曲は、騒がしい日常の中でふと自分を見失いそうになったとき、心を“外の世界”へと遊ばせるためのサウンドトラックとなる。
それは宇宙かもしれないし、眠る前の夢の中かもしれない。
いずれにせよ、「ここではないどこか」への想像力が、この楽曲の核なのである。
Republicaは、エネルギッシュな表現の裏に、こうした内面的な詩情を隠し持っていた。それを感じさせるこの一曲は、90年代という時代の中で生まれながら、今なお“現実と夢の間”を生きる私たちに響く、静かで力強いメッセージを放ち続けている。
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