1. 歌詞の概要
「Our Lips Are Sealed(アワ・リップス・アー・シールド)」は、アメリカの女性ロックバンド、The Go-Go’s(ザ・ゴーゴーズ)が1981年にリリースしたデビューアルバム『Beauty and the Beat』に収録された代表曲であり、彼女たちを一躍スターダムへ押し上げたポップ・ニューウェーブの金字塔である。
表面的には恋愛や秘密をテーマにした、キャッチーでポップなナンバーとして親しまれているが、実際には“噂話や中傷に屈しない”という強い意思と、“私たちだけが知っていればそれでいい”という二人の信頼関係を描いた曲である。
語り手は、周囲が自分たちについて何かと騒ぎ立てる中で、パートナーとの関係を守るために「口を閉ざす」ことを選び、その沈黙こそが愛と信頼の証であると歌っている。
「Our lips are sealed(私たちの口は固く閉ざされている)」というリフレインは、秘密を守るという行為が、自分たちの関係性やアイデンティティを保つ盾になることを象徴している。軽快なリズムとコーラスに隠れた、強いメッセージ性がこの楽曲を時代を超えたスタンダードにしている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Our Lips Are Sealed」は、The Go-Go’sのギタリストであるジェーン・ウィードリン(Jane Wiedlin)と、イギリスのバンドThe Specialsのテリー・ホール(Terry Hall)によって共作された楽曲である。2人は短い恋愛関係にあり、そのときの心情を基にした手紙のやりとりがこの曲の原型となった。
歌詞に描かれているのは、その恋愛を取り巻く噂や外部の干渉、そしてそれに屈せず秘密を守るという決意だ。つまり、この曲の「私たち」とは、ウィードリンとホール自身であり、現実に直面したプライベートな関係性が下敷きとなっている。
テリー・ホールは後に、自身のバンドFun Boy Threeでもこの曲をカバーしており、よりシリアスで内省的なアレンジで再解釈されたバージョンとなっている。一方、The Go-Go’sのバージョンは明るく躍動感のあるサウンドでまとめられており、ポップな表現の中に芯の強さを込めたアプローチが印象的である。
「Our Lips Are Sealed」は、女性だけで構成されたバンドが、自らの意志と声をポップ・ミュージックの中心で鳴らした最初の象徴的な成功例のひとつであり、1980年代の音楽シーンにおいても画期的な意義を持つ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Our Lips Are Sealed」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。
引用元:Genius Lyrics – Our Lips Are Sealed
“Can you hear them? / They talk about us”
聞こえる? 彼らは私たちのことを噂している
“Telling lies / Well, that’s no surprise”
嘘ばかり/でも、それも別に驚かない
“Hush, my darling / Don’t you cry”
静かにして、愛しい人/泣かないで
“Our lips are sealed”
私たちの口は固く閉ざされている
“There’s a weapon that we must use / In our defense: silence”
私たちが自分たちを守るために使う武器、それは「沈黙」
この歌詞の核心は、“他人の言葉に惑わされず、沈黙という形で愛を守る”という意志にある。
一見すると受動的な態度に思えるが、それは戦略的かつ主体的な選択であり、「沈黙」が無力ではなく“力ある反応”であることを明確にしている。
4. 歌詞の考察
「Our Lips Are Sealed」は、表面上はティーン向けのポップソングのような軽やかさを持っているが、その本質は極めて強固なメッセージ性に貫かれている。
特に印象的なのは、噂や非難、偏見といった“外部からの言葉”に対して、反論するのではなく“沈黙を貫く”という姿勢だ。これは、感情的反応をせず、毅然と自分たちの立場を守るという自己肯定の表明でもある。
また、「沈黙を守る」というテーマは、特に女性にとって長らく“抑圧の象徴”として機能してきたが、この曲ではそれを逆手に取り、能動的な防御策として提示している点が画期的である。
つまり、黙ることは逃げではなく、“語らないという選択によって、真実を守る”という知的な強さなのである。
さらに、バンドメンバー自身がプロデュースに深く関与し、自らの言葉で自らの物語を語っているという点も、この曲の説得力を強めている。
歌詞の「Don’t you cry」や「They don’t mind / They don’t matter」という言葉には、ただの恋愛ソングを超えた、連帯と抵抗のニュアンスが込められており、ポップのフォーマットでフェミニズム的な精神が自然に表現されているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Vacation” by The Go-Go’s
同じく彼女たちの代表曲で、別れの痛みをポップに描いたエモーショナルなサマー・アンセム。 - “Our House” by Madness
80年代特有の陽気さと家庭へのノスタルジーを描いたニューウェーブ・クラシック。 - “Girls Just Want to Have Fun” by Cyndi Lauper
女性の自由と楽しむ権利を賛美した、時代を超えるポップ・フェミニズムの代表作。 - “Kids in America” by Kim Wilde
都市生活と若者の葛藤をキャッチーなサウンドに乗せて描いたエッジの効いた一曲。 -
“Only You” by Yazoo
愛する人との繋がりをテーマにした、シンセ・ポップのしっとりとした名作。
6. 女性の声が時代を動かした:沈黙は力であるというメッセージ
「Our Lips Are Sealed」は、単なるガールズポップのヒット曲ではない。それは、女性たちが自分の物語を自分たちの声で語り始めた瞬間の記録であり、1980年代という音楽シーンの転換点を象徴する一曲である。
軽快なリズムとポップなメロディは、誰の耳にも親しみやすいが、そこに込められた歌詞の強さ、メッセージの芯の太さは、今なお色褪せない力を持っている。
特に「言葉を交わす代わりに沈黙で戦う」というアプローチは、今日においても示唆に富んだ選択であり、時代を超えて共鳴する。
The Go-Go’sは、この曲を通じて「沈黙は屈服ではなく、選択である」というメッセージを放った。
そのメッセージは、恋愛においても、社会との関係においても、あるいは自分自身を守るためにも、多くの人にとって今なお有効な“生きるための手段”なのだ。
「Our Lips Are Sealed」は、声にならない声を“沈黙”という名の美しいメロディで響かせた、20世紀ポップス史のなかでも最も誠実で強靭なラブソングのひとつである。
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