1. 歌詞の概要
「One Armed Scissor」は、テキサス州エルパソ出身のポストハードコア・バンド At the Drive-In(アット・ザ・ドライヴイン) が2000年に発表した代表曲にして唯一のブレイクスルー・ヒットであり、同年のアルバム『Relationship of Command』に収録されている。
この楽曲は一見、難解で断片的なフレーズの連なりに見えるが、中心にあるのはツアー生活における精神の摩耗、孤独、そして現代社会に対する痛烈なアイロニーである。
「One Armed Scissor(片腕のはさみ)」という意味不明とも思えるタイトルは、バンド自身が生み出したフィクショナルな監視者=語り手の名前であり、ツアー中の混乱、疎外、絶え間ない移動を“外から見ている存在”として語らせている。
この楽曲には、鋭利で不安定なビート、爆発寸前のテンション、急降下するギターリフ、そして連打のような詩句が詰め込まれている。
それはまるで、「社会の隙間をすり抜けながら叫び続ける者たちの記録」であり、バンドの哲学を音と詞に凝縮した、**現代的なアジテーション=現代社会への“緊急報告”**とすら言える。
2. 歌詞のバックグラウンド
「One Armed Scissor」は、At the Drive-Inが長年にわたるDIYツアーで体験した現実――消耗、無理解、搾取、希望と絶望の間で揺れる感情の爆発を詰め込んだ楽曲である。
歌詞の断片的な描写は実体験に基づいており、長距離ドライブ、劣悪な宿、薄い観客、警察との衝突、そして都市の中での匿名性が随所に感じられる。
だがそれらは単なる“あるバンドのツアー記録”ではない。資本主義と文化産業に搾取されるアーティストのリアルな怒りと倦怠感が、鋭く研ぎ澄まされた詩となって放たれている。
バンドの中心人物である**Cedric Bixler-Zavala(セドリック・ビクスラー=ザヴァラ)とOmar Rodríguez-López(オマー・ロドリゲス=ロペス)**は、この曲を「当時の無力感と焦燥の象徴」だと語っている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、印象的な一節を抜粋し、対訳を併記する。
Yes, this is the campaign / Slithered entrails in the cargo bay
そう、これは俺たちの闘いだ 貨物室の中には這いずる腸(=残骸)A neutered isometric / Sprawl, I make my pay
無力化された幾何学的都市の広がり そこで稼ぐ俺All circuits are busy / Please try again later
通信回線は混雑中 後でもう一度おかけくださいThis station is non-operational
この放送局はただいま機能停止中Send transmission from the one-armed scissor
片腕のはさみから通信を送れ
出典:Genius.com – At the Drive-In – One Armed Scissor
断片的で詩的な言葉は一見難解だが、都市と情報、監視、孤独、そして**抗いの声を発する者=“one armed scissor”**が語る視点が貫かれている。
4. 歌詞の考察
この楽曲の最大の特徴は、その**“怒りが知性を経由して爆発する構造”**にある。
At the Drive-Inは、感情をただ吐き出すのではなく、それを社会的な文脈や都市的メタファーで精密に包み込み、詩的でありながらも暴力的なサウンドで解体していく。
「Slithered entrails」「Sprawl」「non-operational」といった単語は、現代都市における生命の断片と機能停止した世界の暗喩であり、歌詞全体に潜むのは**“断絶されたコミュニケーション”**という恐怖だ。
とくに「This station is non-operational(この放送局は機能停止中)」というラインは、個人の声が社会から遮断されている状態を指し、「One Armed Scissor」はその沈黙を破るための通信手段=“叫び”として存在している。
この曲はまた、単なる抗議の歌ではない。疲弊と怒りとともに、それでも動き続けるツアーバンドの姿が、隠喩とサウンドの中で脈打っている。彼らは止まらない。
それが、“通信”であり、“命綱”であり、“存在の証明”なのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Pattern Against User by At the Drive-In
「One Armed Scissor」と地続きの怒りと密度を持ったハードコア・ポエトリー。 - New Noise by Refused
革命とサウンドの臨界点を突き破る、ポストハードコアの金字塔。 - Invalid Litter Dept. by At the Drive-In
メキシコの女性殺人事件に切り込んだ社会派ポエトリー。沈黙への怒りが燃え上がる。 - The Archers Bows Have Broken by Brand New
混乱と崩壊の予兆が詩的に響く、精神の迷宮を描いたオルタナティブ・ロック。
6. “片腕のはさみ”からの通信 ― ノイズと詩の狭間で叫ぶ者たち
「One Armed Scissor」は、単なるグランジやポストハードコアのヒット曲ではない。
それは沈黙を強いられた者たちが、詩とノイズを武器に世界へ通信を試みた記録である。
At the Drive-Inは、怒りを洗練し、暴力を構築し、絶望を美学にまで高めた。
この曲は、社会の“非人間的構造”を暴露しつつ、それに抗う者の“生”を最後まで肯定する叫びである。
**「One Armed Scissor」**は、
都市の裂け目からこぼれ落ちた人間の声。
この世界で“存在しない”ことを強いられたすべての者へ向けた、鋭利なSOSである。
それでも叫ぶ。それでも前へ進む。
その通信は、まだ終わっていない。
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