発売日: 2018年4月6日
ジャンル: インディーフォーク、ドリームポップ
概要
『On Hold』は、イギリス・ブリストル出身のシンガーソングライター、Fenne Lilyが2018年に自主リリースしたデビュー・アルバムであり、彼女の繊細な感性と内省的な世界観を静かに、しかし確かに世界に知らしめた作品である。
Fenne Lilyは、10代の頃からベッドルームで曲作りを始め、ゆっくりと時間をかけて自己表現のスタイルを育ててきた。
本作『On Hold』には、そうした彼女のナチュラルな成長の軌跡が、瑞々しくも儚いタッチで刻み込まれている。
タイトル『On Hold』は、停滞や宙ぶらりんな心情を象徴しており、恋愛、自己認識、孤独といった普遍的なテーマを、極めて個人的な視点から丁寧に掘り下げている。
静かに進行するアコースティックなサウンドと、夢見心地のボーカルスタイルは、インディーフォークの文脈にありながら、どこかドリーミーで、時間の感覚を曖昧にさせる力を持っている。
リリース当時、Fenne Lilyはまだ20歳そこそこの若手だったが、その成熟した表現力と、感情の陰影を巧みにすくい上げるソングライティングは、多くのリスナーと批評家から高い評価を受けた。
全曲レビュー
1. Car Park
別れの後に残る空白と孤独を描いた、静かなオープニングナンバー。
淡々とした語り口と、空間を感じさせるアレンジが胸に染みる。
2. Three Oh Nine
恋愛における曖昧な関係性をテーマにした楽曲。
アコースティックギターと控えめなビートが、ほろ苦い感情を丁寧に包み込んでいる。
3. What’s Good
問いかけるようなリリックが特徴のミディアムテンポ曲。
素朴なメロディの中に、静かな決意のようなものが漂う。
4. The Hand You Deal
自己犠牲的な愛を描いた、淡いトーンのバラード。
Fenne Lilyの声の儚さが、楽曲の切なさを際立たせている。
5. More Than You Know
言葉にできない想いを、シンプルなコード進行に乗せた一曲。
アコースティックな温もりと、わずかな孤独感が美しく共存している。
6. On Hold
タイトル曲にしてアルバムの核。
停滞する感情、伝えきれない思いを、透明感のあるボーカルで繊細に表現する。
静かな絶望と、それでも前を向こうとする希望が同居している。
7. Top to Toe
最もストリップダウンされた編成で、Fenneの声とギターだけが響く。
純粋な痛みと向き合う、息を呑むような美しさを持った楽曲である。
8. Bud
淡い恋の芽生えと、その儚さを描いたドリーミーポップ調の楽曲。
柔らかなリバーブが、楽曲に幻想的な広がりを与えている。
9. Brother
家族への想いをテーマにした異色の一曲。
アルバムの中でも、より直接的なリリックと素朴なアレンジが印象的。
10. For A While
恋愛の余韻と未練をテーマにした、スローテンポのバラード。
切なさと暖かさが同居する、アルバム終盤のハイライト。
11. Car Park (Overflow)
オープニング曲「Car Park」のリプライズ。
より内省的なアレンジとなっており、アルバムの締めくくりに静かな余韻を与えている。
総評
『On Hold』は、Fenne Lilyという若きアーティストの純粋な感受性をそのまま閉じ込めた、繊細で静謐な作品である。
アルバム全体を通して漂うのは、「大声では語れない感情」の世界だ。
それは怒りでも喜びでもなく、言葉にしきれない曖昧な痛みや希望、未整理な想いである。
Fenne Lilyは、そうした感情を無理に整理することなく、ありのままそっと差し出してくる。
だからこそ、このアルバムは聴く者の心に深く、静かに入り込んでくるのだ。
サウンド面では、アコースティックを基調としたミニマルなアレンジが中心で、余計な装飾を避けることで、Fenneの繊細な歌声とリリックが際立っている。
また、時間がゆっくりと流れるようなドリーミーな空気感が、アルバム全体に漂っており、聴き終えた後には、まるで一篇の短編映画を見たかのような余韻が残る。
『On Hold』は、孤独や喪失と静かに向き合いたい夜に、そっと寄り添ってくれる一枚である。
おすすめアルバム(5枚)
- Phoebe Bridgers『Stranger in the Alps』
孤独と痛みを透明感のあるサウンドで描く名作。 - Lucy Dacus『No Burden』
静かな強さとほろ苦い感情を丁寧に歌い上げる。 - Angelo De Augustine『Swim Inside the Moon』
ミニマルなアコースティックサウンドと親密なリリック。 - Billie Marten『Writing of Blues and Yellows』
自然体のフォークサウンドと繊細な世界観が響き合う。 - Julien Baker『Sprained Ankle』
内面の痛みと救済を極限まで削ぎ落としたサウンドで描く。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『On Hold』のレコーディングは、主にイギリス・ブリストルの小さなスタジオで行われ、Fenne Lily自身がセルフプロデュースに大きく関わった。
多くの曲がベッドルームで生まれたままの形をできるだけ保つ形で録音され、オーバープロダクションを避けることが徹底された。
彼女は、「余白を大切にしたかった」と語っており、その意図はアルバムのすべての瞬間に反映されている。
また、リリックもほぼすべて自ら書き上げており、アルバム全体が彼女自身の繊細な心象風景をダイレクトに映し出しているのである。
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