発売日: 1995年9月18日
ジャンル: ブリットポップ、オルタナティヴ・ロック、ギターポップ
概要
『On』は、Echobellyが1995年にリリースしたセカンド・アルバムであり、
デビュー作『Everyone’s Got One』の鋭さを保ちつつ、よりメロディックかつ洗練されたサウンドに進化した“ブリットポップの隠れた名盤”である。
前作で注目を集めたインド系女性ヴォーカリストSonya Madanの表現は、
本作においてさらに深みを増し、社会的テーマと個人的感情を高い次元で融合。
また、ギタリストGlenn Johanssonのアレンジもより空間的かつ緻密になり、
攻撃性と叙情性が高いレベルでバランスされた独自の世界観が完成した。
本作は全英チャート4位を記録し、シングル「Great Things」や「King of the Kerb」のヒットによって
Echobellyは一時的にメインストリームにも顔を出すことになるが、
彼らの本質はあくまで“マイノリティの声を鋭く響かせるインディー精神”にある。
全曲レビュー
1. Car Fiction
都会的で疾走感のあるオープニング。
“自動車小説”というタイトル通り、日常と逃避、現実と物語の間で揺れる主人公の姿を象徴的に描く。
2. King of the Kerb
売春やホームレスの若者を題材にした、社会的視点の強いトラック。
「歩道の王様」というタイトルに、弱者の中のプライドや孤独を込めた静かな抵抗の詩が響く。
3. Great Things
Echobelly最大のヒット曲。
“素晴らしいことをしたい”というシンプルな願望を歌う、ポジティブで高揚感のあるアンセム。
Sonyaの歌声が希望のように空へ抜けていく。
4. Natural Animal
人間の本能的な部分を肯定する力強い楽曲。
“自然な獣”としての自分を受け入れることで、自制と欲望の緊張を解き放つ。
5. Go Away
“出て行って”という直接的な表現が印象的。
シンプルなコードと繰り返しが、関係性の断絶とそこに伴う静かな怒りを際立たせる。
6. Pantyhose and Roses
ストッキングとバラ。
女性らしさのステレオタイプを象徴するモチーフを組み合わせ、
その不快感と装飾性の狭間にある違和感を鋭く描くフェミニスト・ソング。
7. Something Hot in a Cold Country
寒い国における“何か熱いもの”。
イギリス社会の冷淡さの中にある小さな熱や衝動を、詩的に描くセンチメンタルな一曲。
8. Four Letter Word
“愛(Love)”や“嫌(Hate)”のような四文字語に込められた、
単語と感情のギャップ、そして言葉の暴力性をテーマにしたミドルテンポの佳曲。
9. Nobody Like You
孤独と自己肯定が交差するバラード。
“あなたのような人はいない”という言葉が、崇拝と孤立の両義性を帯びて響く。
10. In the Year
時の流れを感じさせるスロウなナンバー。
社会や自己の変化を、静かなギターのループに乗せて淡々と語る。
11. Dark Therapy
本作のハイライトにして、Echobellyの代表曲のひとつ。
うつや喪失感をテーマにしながらも、その深淵に美しさと希望を見出す壮麗なバラード。
壮大なスケールで構築されたアレンジも圧巻。
総評
『On』は、ブリットポップが浮かれムードに傾く中で、
より誠実に“内なる声”と向き合った数少ない作品である。
Sonya Madanの歌詞は、前作よりも内面に深く切り込み、
社会的視点・フェミニズム・欲望・孤独といったテーマを、時に大胆に、時に詩的に描いている。
また、音楽的にもメロディとアレンジの完成度が飛躍的に向上し、
Echobellyというバンドの“感情をエネルギーに変える技術”が成熟した瞬間を記録している。
一聴すると軽やかで美しいが、その下には怒りや悲しみ、希望が幾重にも重なっており、
ポップとは何か、ポリティカルとは何かを静かに問いかける作品でもある。
おすすめアルバム
- Sleeper / The It Girl
ポップでありながら知性と女性的主張を内包した同時代の良作。 - Garbage / Version 2.0
女性的視点と力強いサウンドを兼ね備えたモダン・ロックの名盤。 - Catatonia / International Velvet
歌詞に社会性と毒を忍ばせるUKバンドによるパーソナルなロック。 - PJ Harvey / To Bring You My Love
女性の内面世界と官能を深く追求したオルタナティブロックの名作。 -
The Sundays / Blind
叙情性と個人的表現が際立つUK女性ヴォーカルによる静かな傑作。
歌詞の深読みと文化的背景
『On』のリリックは、90年代のUKにおける“女性であること”の葛藤と誇り、
社会の周縁に追いやられた声が、いかにしてポップの中心に入り込めるかを問う。
「King of the Kerb」では、ストリートに生きる人々を美化せず、
その中にある静かな尊厳を掬い上げる視線があり、
「Pantyhose and Roses」では、“女性らしさ”が強いられることへの嫌悪とユーモアが交錯する。
「Dark Therapy」は、心の闇を癒しではなく“ともにあること”として描く、
精神のリアリズムを持った詩としても秀逸であり、
これは単なるラブソングや日常描写に留まらない、強く現代的な感覚を持った言語である。
本作は、“女性の声が中心にあるロック”という意味で、
ブリットポップの歴史における重要なマイルストーンと言えるだろう。
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