
1. 歌詞の概要
「Official Secrets」は、Robin Scottによるプロジェクト M が1980年にリリースしたアルバム『The Official Secrets Act』の冒頭を飾るタイトルトラックです。この楽曲は、政府の情報統制、監視社会、メディアによる操作といった、ポップ・ミュージックではあまり触れられることのなかった政治的テーマを正面から扱っている点で、Mのディスコ・ポップ的イメージとは一線を画しています。
タイトルにもなっている「Official Secrets Act(国家機密法)」とは、実際にイギリスを含む多くの国で施行されている法律で、国家の秘密情報の漏洩を禁止する法律です。Robin Scottはこの法律を象徴的に用いながら、現代社会における“情報のコントロール”と、それによって形成される現実や真実の不確かさを問いかけています。
「Pop Muzik」のような享楽的なポップソングとは対照的に、「Official Secrets」はリスナーに思考と懐疑を促す音楽であり、エレクトロ・ポップの形を借りた現代社会への鋭い批評です。
2. 歌詞のバックグラウンド
1980年という時代背景は、冷戦下の緊張感、政府による情報操作の増加、テロやスパイ事件の頻発といった、情報と権力の関係が大きく注目されていた時代です。イギリスにおいても、サッチャー政権下での機密主義が強まっていた時期であり、Robin Scottは音楽を通じてその現状に対する疑義を提示しました。
アルバム『The Official Secrets Act』全体がひとつの**“政治的コンセプト・アルバム”**となっており、「Official Secrets」はその序章的役割を果たします。タイトルだけでなく、音楽的にもミニマルで硬質なリズム、冷ややかなシンセサイザー、語り口調に近いボーカルスタイルなどが、非人間的な社会の構造と感情の欠如を象徴しています。
Scott自身はこの時期、「Pop Muzikの成功によって得た影響力を使って、もっと意義のあるメッセージを発信したかった」と述べており、本作はその姿勢を明確に示す野心作と言えるでしょう。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Official Secrets」の歌詞の一部を抜粋し、和訳を添えて紹介します。
引用元:Genius Lyrics – M “Official Secrets”
Official secrets, official lies / Official silence behind official eyes
公的な秘密、公的な嘘
公的な沈黙、その裏に潜む“公式”のまなざし
They’re watching you, they’re watching me / But who is watching who officially?
彼らは君を監視している、僕をも
でも、誰が“公式に”誰を見張ってるのか?
In the land of the free, that’s classified / You don’t ask questions, you just comply
“自由の国”では、それは機密事項さ
質問はするな、従っていろ
Sign the act, keep your mouth shut / And forget about what you’ve seen
署名しろ、口を閉じろ
見たことは忘れるんだ
これらの歌詞は、表面では秩序を装いながら、その裏では監視と抑圧が広がっている社会のパラドックスを鋭く描いています。語り手は「見えない誰かに常に監視されている」という不安とともに、「何が真実で何が操作された現実か」を冷静に問いかけます。
4. 歌詞の考察
「Official Secrets」は、ポップ・ミュージックのフォーマットを使いながら、まるでドキュメンタリーや政治風刺劇のような視点で、情報、真実、権力といったテーマを多層的に描いている作品です。繰り返される「official」という言葉は、制度化された現実、つまり「本当のこと」ではなく「そうであることにされたこと」の怖さを象徴しています。
この楽曲における最大のポイントは、リスナー自身もまた“監視される対象”であることを自覚させる構造にあります。「彼らは君を見ている」「でも誰が彼らを見ているのか?」というラインは、聴き手に対して問いを投げかけると同時に、ポップの快楽性の裏にある“メッセージ性”を浮かび上がらせます。
音楽的にも、キャッチーなコード進行やメロディを排し、リズムと反復、そして無機質な語り口によって、現代の官僚的・機械的な社会システムそのものを模倣するような構造となっています。その冷たさ、抑制された怒り、そして語られぬ不安こそが、この曲の核心です。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Watching the Detectives” by Elvis Costello
情報と視線をテーマにしたダブ調の名曲。監視と虚構の関係を描いています。 - “Radioactivity” by Kraftwerk
テクノロジーと政治、環境の関係をミニマルな美学で表現した傑作。 - “Private Investigations” by Dire Straits
プライバシーと監視、孤独の心理を描いたスローバラード。 - “State of the Nation” by Industry
冷戦時代のプロパガンダと国民の受動性を問う80sシンセポップ。
6. “情報社会”のポップ批評としての存在価値
「Official Secrets」は、Robin Scott=Mが一発屋ではなく、ポップを通じて現代社会を見つめ、問いかける“観察者”であったことを示す最も明快な証拠です。この曲は、ポップ・ミュージックの語彙を使いながら、実際にはメディア論や国家権力のあり方について語っており、音楽が単なる娯楽ではなく、思想の媒体となりうるということを体現しています。
この時期のMは、メインストリームとはやや距離を取りながらも、ニュー・ウェイヴやエレクトロ・ポップの中に“知性”を持ち込んだ稀有なプロジェクトであり、その姿勢は後のPet Shop BoysやDepeche Mode、Talking Headsなどにも影響を与えました。
**「Official Secrets」は、リズムとシンセの中に潜む“沈黙の声”であり、情報化社会のただ中で「見えないものを見る力」**を我々に問いかける楽曲です。ポップ・ソングの形をした警鐘、あるいは皮肉な福音――そのどちらとしても、この曲は今なお私たちの耳と意識を刺激し続けています。
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