
発売日: 2005年5月3日
ジャンル: インディーポップ、オルタナティブロック、フォークロック
概要
『Oceans Apart』は、The Go-Betweensが2005年に発表した通算9作目のスタジオ・アルバムであり、彼らの最後のオリジナル・アルバムとなった。
翌2006年にグラント・マクレナンが急逝したことで、本作は結果的にロバート・フォースターとマクレナンの“永遠の別れ”を記録した一枚として、多くのリスナーに深い感慨をもって受け止められている。
タイトルの「Oceans Apart」は、彼らの拠点がオーストラリア(ブリスベン)とヨーロッパ(ロンドン、ベルリン)に分かれていたこと、そして心理的・地理的な距離感を象徴している。
このアルバムでは、かつてないほどのプロダクションの厚みと構成美が導入され、従来のアコースティック主体の作風に加え、洗練されたエレクトリック・サウンドが融合されている。
プロデュースはマーク・ウォリス(R.E.M.やThe Smithsの作品でも知られる)が担当し、ドラムやストリングスの配置、空間的な処理に至るまで、非常に現代的な感覚でミックスされている。
それでもなお、フォースターとマクレナンの歌声と詩が最前面に残るという奇跡的なバランスが保たれているのが本作の美点である。
全曲レビュー
1. Here Comes a City
ロバート・フォースターによるオープニングは、アーバンな喧騒と個人の孤独を描くアップテンポなナンバー。
“都市がやってくる”というフレーズには、都会生活のスピード感と息苦しさ、そして希望が混在している。
シンセベースとドラムが強調され、これまでにないほどのエッジを感じさせる。
2. Finding You
グラント・マクレナンによる、人生と愛の交差点を描いた美しいバラード。
“あなたを見つけること”は、過去の痛みや後悔の先にある救済のようでもある。
ストリングスとギターの重ねが深く、マクレナンのソングライティングの集大成とも言える感動作。
3. Born to a Family
フォースターによる軽妙なポップナンバー。
“家族に生まれるという偶然”を主題に、人間関係の宿命性と個性の不条理をユーモラスに描く。
軽快なリズムが皮肉な歌詞と好対照を成す。
4. No Reason to Cry
マクレナンのやさしさがにじむ、内省的なミディアムテンポ曲。
“泣く理由はないよ”というフレーズが、慰めでもあり、自己暗示のようにも響く。
歌詞とメロディがきわめてシンプルながら、深く沁みる。
5. Boundary Rider
フォースターがオーストラリアの大地を思わせる風景描写で、移動する者の孤独と詩情を綴った一曲。
“境界線を行く者”という比喩が、彼の作家性と人生観を象徴している。
アコースティックギターが叙情的に響く。
6. Darlinghurst Nights
本作のハイライトとも言えるマクレナンの傑作。
ダーリングハーストの夜、青春の残像、出会いと別れの記憶。
“それはロックンロールだった”というシンプルな一節に、彼の人生が封じ込められている。
時間が止まるような美しさを持つ、ラスト・ラブレターのような一曲。
7. Lavendar
フォースターによる、静かなモノローグ的楽曲。
ラベンダーという香りのイメージが、失われた日々や忘れがたい面影と結びつく。
音数は少なく、詩のように展開していく構成。
8. Devil’s Eye
前作『16 Lovers Lane』に収録された同名曲とは別物の再構築的トラック。
ここではより落ち着きと陰りを帯びたフォースターの語りが中心となり、過去作への再訪と内省を含む“答え合わせ”的要素も見られる。
9. The Statue
マクレナンによる静謐な美学が貫かれた一曲。
“彫像”としての無言の存在が、恋愛における沈黙や諦念を象徴する。
ピアノとギターのミニマルな構成が心に染みる。
10. This Night’s for You
夜に誰かのために音楽を捧げる、というテーマを持つフォースターのパーソナルな一曲。
地味ながら情感豊かで、夜の静けさと愛情が同居する。
11. The Mountains Near Dellray
エンディングを飾る、マクレナンの深く幻想的な作品。
“デルレイ近くの山々”という地理的な詩語が、人生の終わりと再生を思わせる。
フォークとアンビエントの中間にあるような、壮大で内省的な幕引き。
総評
『Oceans Apart』は、The Go-Betweensというバンドが四半世紀以上にわたり培ってきた芸術性と人間性の集大成とも言える作品である。
若き日の情熱、再結成の穏やかさ、そして最終章のような静かな力強さが、現代的なサウンドプロダクションと詩的な言葉で結実している。
グラント・マクレナンの歌は、ここでいっそう成熟と優しさを帯びており、彼の死後もなおリスナーの心を強く打ち続けている。
そしてロバート・フォースターの鋭くユーモラスな視点は、本作でも健在であり、彼の人生哲学そのものが曲の中に刻まれている。
このアルバムは、単なる“遺作”ではない。
それは、“別れを知る者たちによる、最後の美しい共同作業”であり、静かに終わりを告げながら、永遠に残り続ける音楽の力を私たちに教えてくれるのである。
おすすめアルバム(5枚)
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Tindersticks / The Hungry Saw (2008)
退廃と優しさが交差する、後期ロマン主義的オルタナティブ。 -
Camera Obscura / My Maudlin Career (2009)
切なさと華やかさを併せ持つ、現代の詩的インディーポップ。 -
Bill Callahan / A River Ain’t Too Much to Love (2005)
人生の真理をつぶやくように歌う、内省的な傑作。 -
Nick Cave & The Bad Seeds / The Boatman’s Call (1997)
死と愛、宗教と孤独。Go-Betweens終章の精神的隣人。
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