
概要
NWOBHM(New Wave of British Heavy Metal)とは、1970年代末〜1980年代初頭にイギリスで巻き起こったヘヴィメタルの新たなムーブメントを指す音楽ジャンルである。
ブラック・サバスやディープ・パープルに代表される「第1世代」のブリティッシュ・ハードロックに、パンクの攻撃性、DIY精神、そしてより高速なテンポとテクニカルな演奏を掛け合わせることで、NWOBHMは新世代のヘヴィメタルを切り開いた。
このムーブメントは、のちのスラッシュメタル、パワーメタル、スピードメタル、さらには日本のメタルブームにまで絶大な影響を与えた、ヘヴィメタル史における分水嶺である。
成り立ち・歴史背景
1970年代末、イギリスの音楽シーンではパンク・ロックが既存のロックを“退屈”なものとして批判し、新たなエネルギーを注入していた。一方で、クラシック・ロックやプログレの大御所バンドは行き詰まりを見せていた。
そんな中で、若く無名のバンドたちが自らレコードを制作し、インディーズレーベル(Neat Records、Bronze Recordsなど)から作品を発表、DIY精神に満ちた地下シーンが形成される。メディア面では音楽誌『Sounds』が「NWOBHM」という言葉を提唱し、ブームを煽った。
このムーブメントは商業的にも成功を収め、Iron Maiden、Def Leppard、Saxonといったバンドはメジャーシーンへ進出し、やがてアメリカを含む世界的なメタル・ブームの下地を作ることになる。
音楽的な特徴
NWOBHMの音楽性は、前世代のハードロックと明確に異なる方向性を持っていた。
- 高速テンポと疾走感:スピードメタルやスラッシュの先駆け的要素。
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ツイン・ギター体制:ギターのハーモニーや掛け合いが重厚な音を生み出す。
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ソリッドなリフ:パンク的な切れ味と、ブルースレスな非ブラック・サバス型リフ。
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高音域ボーカル:ロブ・ハルフォード(Judas Priest)以降の影響を受けた金属的なハイトーン。
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幻想/歴史/戦争/中世/オカルトといった壮大なテーマを扱うリリック。
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DIY精神と荒々しいサウンド:インディーズ録音ならではの生々しさも魅力の一部。
代表的なアーティスト
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Iron Maiden:NWOBHM最大の成功者。スティーヴ・ハリスのベース、エディのアイコン、そして叙事詩的な楽曲構成で時代を牽引。
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Def Leppard:初期はヘヴィなNWOBHMサウンドだったが、次第にポップ化し世界的ヒットを連発。
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Saxon:ワーキングクラスの英雄。力強いリフと骨太なサウンドで今なお現役。
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Diamond Head:のちのMetallicaにもカバーされるなど、NWOBHMのレジェンド的存在。
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Angel Witch:耽美かつオカルティックな世界観でカルト的支持を集める。
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Tygers of Pan Tang:ギタリスト・ジョン・サイクス(後にWhitesnake参加)を輩出。
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Raven:スピード重視のスタイルでスラッシュメタルの前身となったバンド。
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Girlschool:女性だけのハードロック/メタルバンド。Motorheadと共演し話題に。
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Tank:よりパンク的で粗暴なサウンドが特徴。
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Witchfinder General:ドゥームメタルの元祖とも言える存在。
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Venom:NWOBHMの枠を超えてブラックメタルの名付け親となる伝説的バンド。
名盤・必聴アルバム
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『Iron Maiden』 – Iron Maiden (1980)
スティーヴ・ハリスのベースとポール・ディアノの荒々しい歌唱が炸裂するデビュー作。 -
『Wheels of Steel』 – Saxon (1980)
ストリートの匂いと骨太なサウンドが詰まったNWOBHMの代名詞的アルバム。 -
『Lightning to the Nations』 – Diamond Head (1980)
Metallicaが崇拝した楽曲「Am I Evil?」収録の伝説作。 -
『On Through the Night』 – Def Leppard (1980)
アメリカ志向のメロディを持ちつつも、初期はラフなNWOBHMそのもの。 -
『Angel Witch』 – Angel Witch (1980)
美と悪が交錯する、耽美的ヘヴィメタルの金字塔。
文化的影響とビジュアル要素
NWOBHMは、ファッションやビジュアル面でも後のメタル文化に多大な影響を与えた。
- デニムとレザー:ジーンズと革ジャンの定番化。パンクとメタルのクロスオーバー的な装い。
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パッチやバンドTシャツ:ファン同士の“所属”を示すアイコンに。
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アイコン的キャラクター:Iron Maidenの「エディ」のように、視覚的な象徴が確立されていく。
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アルバムアートの重視:手描きによる幻想的/神話的/恐怖的なジャケットが多数。
また、ライヴ・シーンも活発で、クラブやパブなど小規模会場を中心にした熱狂的なライヴ文化が築かれた。
ファン・コミュニティとメディアの役割
『Sounds』誌、『Kerrang!』などの音楽誌がNWOBHMの盛り上がりを強力にバックアップ。**カセットテープ・トレード文化やファンジン(Zine)**の活性化も、ファン同士のつながりを育んだ。
当時のBBCラジオ1のDJ、**トミー・ヴァンスの「Friday Rock Show」**も、無名バンドの楽曲を紹介しムーブメントを支えた功労者である。
ジャンルが影響を与えたアーティストや後続ジャンル
NWOBHMは、のちの世界中のメタルシーンに決定的な影響を与えた。
- スラッシュメタル:Metallica、Megadeth、Anthraxなどアメリカのスラッシュ勢は、Diamond HeadやRavenを公言するフォロワー。
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パワーメタル:HelloweenやBlind Guardianなどのヨーロッパ勢にも影響。
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日本のメタル:LOUDNESS、EARTHSHAKERなど80年代ジャパニーズ・メタルの精神的源流。
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ブラックメタル/デスメタル:Venomの「Black Metal」はジャンル名の元となり、極端な音楽性へと進化した。
関連ジャンル
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トラディショナル・ヘヴィメタル:NWOBHMを含む、クラシックなメタルの総称。
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スピードメタル/パワーメタル:NWOBHMの高速性と叙情性を発展させたジャンル。
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スラッシュメタル:より攻撃的で鋭利なスタイルに派生。
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パンクロック:DIY精神とスピード感の源流。
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ドゥームメタル:一部のバンドがブラック・サバス的な重さを継承し発展。
まとめ
NWOBHMは、ヘヴィメタルの血流を入れ替えた「第二の誕生」とも言えるムーブメントである。荒削りで過剰、だが熱狂と純粋さに満ちていたその音楽は、後のメタルのあり方を根本から変えてしまった。
このムーブメントからは、ヒーローもカルトも生まれた。しかしすべてに共通するのは、**「誰に頼らずとも、自分たちの音を鳴らす」**というDIY精神だ。
今、再びメタルの原点を知りたいなら、NWOBHMを聴くしかない。そこには、真っ直ぐな情熱と、夜のライヴハウスでしか味わえない魔法が、今も息づいている。
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