
発売日: 1996年8月27日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ガレージロック、フォークロック、グランジ
『No Code』は、Pearl Jam が1996年に発表した4作目のアルバムである。
90年代前半、“グランジの旗手”として巨大な注目を浴びたバンドは、
『Ten』『Vs.』『Vitalogy』と3連続でモンスター級の成功を収めた。
しかし、バンド内部はその巨大な人気と期待に押しつぶされつつあった。
メディア露出は極端に減らし、
チケットマスターとの対立、ツアー疲弊、心理的消耗……
Pearl Jamは“名声から逃げるバンド”になっていった。
その中で生まれた『No Code』は、
「成功」そのものと距離を取るための作品であり、
“もっと静かで、もっと自由で、もっと正直な自分たち”を
取り戻そうとする過程そのものが刻まれている。
サウンドは、
- ガレージロックの粗さ
- フォークロックの静けさ
- スピリチュアルでミニマルな空気
- 中期パールジャム特有のオルタナ感
が複雑に混ざり合い、
“掴みどころがないのに深く沁みるアルバム”となっている。
キャリアの中でも最も賛否が分かれ、
一部のファンからは戸惑いの声も大きかった。
だが、現在では“最も過小評価された重要作”として
確実に再評価されている。
全曲レビュー
1曲目:Sometimes
静かで祈りのようなオープニング。
エディの声が低く沈み込み、精神の奥を探るような曲。
“世界の喧騒から距離を置く”という本作のテーマを提示する。
2曲目:Hail, Hail
Pavement的とも評される、荒々しくも洗練されたガレージロック。
“人間関係の難しさ”をテーマにした歌詞が鋭い。
3曲目:Who You Are
本作を象徴するスピリチュアルな曲。
中東音楽の要素、パーカッションの反復、
漂うようなメロディが独特の深みを生む。
4曲目:In My Tree
タブラのような打楽器と、
高揚感のあるメロディが融合した名曲。
エディの歌唱が“解放感と霊性”を同時に帯びる瞬間。
5曲目:Smile
ニール・ヤング直系のフォークロック。
シンプルだが温かく、バンドの素朴な魅力が滲む。
6曲目:Off He Goes
本作の静かな核心。
友人を置いて去ってしまう男の姿を描いた、
エディの実感に満ちた“痛いほどの自己告白”。
キャリア屈指の名バラッドとされる。
7曲目:Habit
衝動的でノイズ混じりのロック。
“依存と破壊”を描く激しい曲で、
アルバムの緊張を一気に引き上げる。
8曲目:Red Mosquito
ブルース基調のギターが光る。
“逃れられない悪意や誘惑”を象徴するような曲調。
9曲目:Lukin
たった1分強の短い爆発。
怒りと焦燥をそのまま叩きつけた、荒々しいパンクショット。
10曲目:Present Tense
本作最大のハイライト。
“今を生きること”をテーマにした哲学的ソング。
穏やかなイントロから大きく広がるバンドアンサンブルが圧巻。
ライブでもファンの圧倒的支持を集める名曲。
11曲目:Mankind
Stone Gossard が久々にリードボーカルを務めた曲。
オルタナ色の強いポップロック。
12曲目:I’m Open
スポークンワードを中心とした非常に静かな曲。
内面の傷と癒しを描く、詩的な一篇のよう。
13曲目:Around the Bend
美しいララバイでアルバムを締めくくる。
エディの優しい歌声が深く沁みる小品。
総評
『No Code』は、Pearl Jam のキャリアの中でも
最も内省的で、最も静かで、最も勇気のある作品である。
特徴を整理すると、
- グランジから距離を置き、フォーク・ガレージ・スピリチュアルへ移行
- “名声疲れ”と向き合う精神のドキュメント
- エディの歌詞が極めて個人的で内省的
- バンドの成熟と、自由への強い希求
- リスナーの期待よりも“自分たちの救済”を優先した作品
同時代の作品と比較するなら、
・Nirvana『In Utero』の“名声との闘い”
・R.E.M.中期の内省性
・Soundgarden のメランコリックさ
などを連想させるが、
『No Code』はもっと静かで、もっと個人的で、もっと風通しが良い。
発表当時は“意図的な難解さ”だと批判もあったが、
今では
“パール・ジャム第二章”の入り口
としての重要性が強く認識されている。
『Yield』(1998)へと続く、
精神性の高いロックバンドへの変化の起点とも言える。
おすすめアルバム(5枚)
- Yield / Pearl Jam (1998)
『No Code』と地続きの“精神性の高い中期ピーク”。 - Vitalogy / Pearl Jam (1994)
混乱と躍動が渦巻く前段階。 - Into the Wild / Eddie Vedder (2007)
エディの内省性とフォーク志向を深く理解できる。 - Nirvana / In Utero
名声との闘いというテーマの対比が興味深い。 - Soundgarden / Down on the Upside
同時期のシアトル勢の成熟と実験が響き合う。
制作の裏側(任意セクション)
本作の制作背景には、
Pearl Jam が“巨大な成功の後遺症”と格闘していた事実がある。
エディ・ヴェダーは名声への嫌気と精神的疲労から
作詞も歌も困難になる時期があったと言われ、
その状態がそのまま“静かな祈り”のような曲へと姿を変えた。
またバンドは、意図的に
「グランジからの脱却」
「ファンの期待を裏切ることへの恐怖の克服」
を目標に掲げ、
エディの個人的な詩、実験的アレンジ、
ギターのミニマルなテクスチャーなど、
自分たちが本当にやりたい音を追求した。
その結果、
“分かりにくいけれど深く沁みるアルバム”
として、後年の評価へとつながっていく。



コメント