アルバムレビュー：No. 10, Upping St. by Big Audio Dynamite

発売日: 1986年9月1日
ジャンル: ダンスロック、ポストパンク、サンプル・ロック

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『No. 10, Upping St.』は、Big Audio Dynamiteによるセカンド・アルバムであり、1986年にリリースされた。
最大の特徴は、元The Clashのジョー・ストラマーが共同プロデューサーおよび共同ソングライターとして参加している点である。
これはThe Clash解散後、ミック・ジョーンズとストラマーが一時的に再会し、再び創作をともにした数少ない記録でもある。

タイトルの「No. 10, Upping St.」は、英国首相官邸「No. 10, Downing Street」のもじりであり、政治的アイロニーが込められている。
その名が示すとおり、アルバム全体には社会的風刺、ポリティカルな皮肉、都市生活の断片といったテーマが散りばめられている。

音楽的には、前作『This Is Big Audio Dynamite』の実験精神を受け継ぎつつ、さらにリズムとメッセージ性を強化。
ヒップホップ、レゲエ、ファンク、そしてロックの要素が高密度に融合され、よりアグレッシブなアンサンブルが展開されている。

全曲レビュー

1. C’mon Every Beatbox

ヒップホップとファンクの要素を前面に押し出したダンサブルなオープニング。
サンプルの多用と反復的なリズムが癖になる中、ビートボックス＝人間リズムマシーンとしての声を称賛するメタな構造も面白い。
BADのクラブミュージック的側面が最も表出した代表曲のひとつ。

2. Beyond the Pale

政治と信仰、社会的境界線をテーマにしたナンバー。
「越えてはならぬ一線（Beyond the Pale）」という言葉が象徴するように、人々が抱える葛藤や排除の力学を鋭く描く。
トラックはミディアムテンポだが、メッセージ性は強烈。

3. Limbo the Law

ミック・ジョーンズとジョー・ストラマーの共作によるポリティカル・ファンク。
“法のリムボー（曖昧地帯）”というタイトルが示すように、曖昧な支配構造や法的グレーゾーンを風刺している。
リズムの切れ味とヴォーカルのシャウトがスリリング。

4. Sambadrome

ラテンのリズムとエレクトロニクスが融合したユニークな楽曲。
タイトルはブラジルのカーニバル会場「サンバドローム」に由来し、祝祭と混乱の境界を揺れ動く感覚がある。
BADの音楽的越境精神を体現するトラック。

5. James Brown

ファンクのゴッドファーザー＝ジェームス・ブラウンへのオマージュに見せかけた、音楽ビジネス批判のような一曲。
強烈なブレイクビーツと引用の応酬により、パロディとも讃歌とも取れる二重性を持っている。
踊らせながら考えさせるという、BADらしさが凝縮されたナンバー。

6. Sightsee M.C.!

観光文化と商業主義を痛烈に風刺した、ユーモアと怒りの同居する曲。
“観光ラッパー”という架空の存在を通して、カルチャーの消費化を批評する。
ヒップホップの構造を巧みに取り入れつつ、皮肉な視点を貫いている。

7. Ticket

「チケット」は、権利と制限の象徴として扱われる。
移動、入場、通過といった行為が管理される現代社会のあり方に対する疑問を、軽快なビートの上に乗せて提示する。
BADの楽曲群の中でもとりわけ抽象的かつ詩的な側面を持つ。

8. Hollywood Boulevard

アメリカ的夢とその崩壊をテーマにしたトラック。
ハリウッドという記号が持つ虚構性と欲望の構造を鋭く描く。
サンプリングされたセリフや効果音が、都市の幻想と現実を交差させる。

9. Dial a Hitman

電話一本で「仕事」を請け負うヒットマン＝殺し屋を描く、映画的でスリリングな楽曲。
BADのサウンド・コラージュ技術が冴えわたり、シネマティック・ロックの極地とも言える構成。
クライム・ノヴェル的な美学が炸裂する。

10. The Battle of All Saints Road

アルバムを締めくくるにふさわしい重厚な楽曲。
ロンドンの実在する通り「All Saints Road」を舞台にした社会的闘争の物語。
The Clash的な政治性とBAD的な多文化グルーヴが融合し、彼らの姿勢を集約するエピローグとなっている。

総評

『No. 10, Upping St.』は、Big Audio Dynamiteがポップ／ロックの枠を拡張しながら、政治性、社会風刺、音楽的実験を高次元で結びつけた記念碑的作品である。
ジョー・ストラマーの参加によってThe Clash的な緊張感とリリシズムが回帰し、前作以上に鋭利で、同時に踊れるという稀有なバランスが生まれている。

サンプリング、ダブ、ヒップホップ、ファンク、ラテンといった要素はもはや“引用”ではなく、完全に彼らの血肉となり、独自のスタイルとして結晶している。
それは「ジャンル越境」という言葉では表現しきれないほどの“方法論”であり、90年代以降の音楽に与えた影響も計り知れない。

単なるポストパンクの残響でも、The Clashの続編でもなく、BADはここで完全に独自の道を歩き出した。
『No. 10, Upping St.』は、その起点にして、ひとつの到達点でもあるのである。