Nice Boys by Temporex(2017)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Nice Boys」は、カリフォルニア出身のアーティスト、Temporex(テンプオレックス)が2017年にリリースしたデビューアルバム『Care』に収録されている楽曲で、彼の代表作のひとつである。この曲では、”いい人であること”に潜む矛盾と欺瞞をテーマに、青春の終わりや自己認識の揺らぎが独特のトーンで描かれている。

タイトルの「Nice Boys」は直訳すれば“いい男の子たち”だが、この言葉は皮肉として機能している。表面的には優しさや誠実さを装っていても、実際には自分勝手で無責任な存在である、というような“見せかけの善性”が問題の核心となっている。語り手は、そんな「いい人ぶった男たち」に傷つけられた経験を振り返りながら、自らの孤独と寂しさ、社会的な疎外感を静かに吐露する。

歌詞は、他人に合わせすぎるあまり自分自身を見失っていく過程や、社会的な”いい子”像への疑念を含みつつも、怒りよりもどこか諦めに近い無力感と哀愁に満ちている。この抑えた語り口がむしろ、内に秘めた感情の深さを際立たせており、リスナーに強い余韻を残す。

2. 歌詞のバックグラウンド

Temporexは、Joseph Floresによるソロプロジェクトであり、彼は高校在学中に自らの寝室で音楽制作を始めた。2017年に発表されたアルバム『Care』は、彼がすべての楽器、ボーカル、ミキシングを自ら手がけたセルフプロデュース作品であり、そのDIY精神と独自の音楽性がインターネット上で話題となった。

「Nice Boys」はその中でも特に注目を集めた曲で、ローファイなビートとチップチューン風のシンセ、レトロで懐かしいサウンドが特徴である。リリース当初はSoundCloudやYouTubeを中心に徐々に人気を獲得し、ミームやアニメーションとの相性の良さからTikTokなどでも二次的に拡散された。

彼の音楽には、90年代のゲーム音楽やテレビCM、PCの起動音など、ノスタルジックな電子音の影響が色濃く表れており、「Nice Boys」でもそうした要素がリスナーの感情を刺激する背景として機能している。また、ヴィジュアル面ではポップで愛らしいイラストやタイポグラフィが使われる一方、歌詞はどこか虚無感や寂しさを帯びており、そのギャップもまたTemporexの魅力の一部となっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Nice Boys」から印象的なフレーズを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。

引用元:Genius Lyrics – Nice Boys

“Nice boys don’t fight”
いい子たちはケンカしない。

“Nice boys don’t lie”
いい子たちはウソをつかない。

“Nice boys don’t cry
いい子たちは泣いたりしない。

“Nice boys might die alone”
でも、いい子たちは一人で死ぬかもしれない。

“I don’t wanna be your friend”
君の友達にはなりたくない。

“I just wanna be your guy”
ただ、君の“特別な人”になりたいんだ。

これらのフレーズは、社会が押し付ける「理想的な男子像」への疑問と、その抑圧の中で生まれる孤独や疎外感を直球で描いている。特に「Nice boys might die alone(いい子たちは一人で死ぬかもしれない)」という一節は、優しさの裏にある“報われなさ”を鋭く突いており、聴く者に強い感情的インパクトを与える。

4. 歌詞の考察

「Nice Boys」の歌詞には、“いい人”であろうとすることの代償が描かれている。社会や他者が期待する“優しくて思いやりのある男子像”に自らを適合させようとすればするほど、自己の欲望や本音を押し殺すことになり、結果として誰にも本当の自分を理解してもらえない孤独に陥ってしまう。

この曲は、その孤独感を淡々とした言葉で綴りながら、同時に“表面的な優しさ”が実は欺瞞に満ちているという痛烈な批評も行っている。たとえば、「nice boys don’t cry」というフレーズは、感情を出すことを許されない男性像への風刺であり、男性性に内在する抑圧を照らし出している。

また、後半に登場する「I just wanna be your guy」という一節は、単なる恋愛感情ではなく、他者と深くつながることへの切望を表している。友情という安全な枠組みにとどまるのではなく、“自分の存在そのもの”を認めてほしいという願いが込められている。これは、思春期の感情やアイデンティティ形成の葛藤を象徴しており、若者たちの複雑な心の動きをそのまま音にしたようなリアルさがある。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Lovers’ Carvings” by Bibio
    フォークとエレクトロが交差する優しい音世界で、内省的な感情が描かれる。

  • “Buttercup” by Jack Stauber
    ローファイでポップながらも、どこか不安と哀愁を感じさせる構造が共通している。

  • “Pretty Boy” by Joji
    “優しさ”と“報われなさ”をテーマにしたバラード。男性性と感情の関係性が鍵。

  • “Computer Love” by Kraftwerk
    感情と機械的なサウンドの対比による、孤独と愛の探求。Temporexのルーツ的存在。

  • “Locket” by Crumb
    繊細な感情をジャジーなローファイ・サウンドで描く、現代インディーの代表作。

6. ポップと虚無のあいだで:Temporexが描くデジタル世代の孤独

「Nice Boys」は、Temporexの音楽がただ心地よいだけの“ベッドルームポップ”ではないことを象徴する楽曲である。可愛らしくてチップチューン風のサウンド、シンプルで耳に残るメロディ、そして一見軽やかなビジュアルの背後には、Z世代特有の孤独、社会への違和感、自意識との格闘が静かに横たわっている。

とくにこの楽曲は、“優しさ”や“誠実さ”といった美徳が、かえって人を孤独に追い込むという逆説を描いており、その視点の鋭さはポップの領域を越えて、社会的な意味をも持つ作品となっている。

Temporexは、音楽の中で過剰な感情表現を避けつつも、リリックの中に切実な心の声を埋め込み、リスナーに“自分の話だ”と思わせる力を持っている。「Nice Boys」はその代表的な例であり、ローファイな音像に乗せて、ポップと虚無のあいだに漂う、現代の若者たちの心を映し出している。

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