発売日: 1968年11月12日
ジャンル: フォーク・ロック、サイケデリック・ロック、バロック・ポップ
独り立ちの風は、まだ不安げに吹いていた——Neil Young、最初の“声”を刻んだ出発点
『Neil Young』は、カナダ出身のシンガーソングライター、ニール・ヤングがBuffalo Springfield解散後にソロ・デビューを果たした1968年の作品であり、彼のキャリアにおける“はじまり”であると同時に、“まだ何者でもない自分”との静かな対話でもある。
このアルバムは、のちの彼の代表作に見られるような政治性や怒り、グランジ的な轟音ギターといったイメージとは一線を画す。むしろここには、バロック調のオーケストレーション、繊細でやや実験的なサウンド、そして内省的で詩的な歌詞が漂っており、フォークとポップ、ロックのはざまで揺れる“自画像のラフスケッチ”のような趣がある。
なお、初回リリース時のミックスはステレオ処理が過剰で不評を買い、後にリミックスされたバージョンが主流となった経緯も含め、本作は“音のバランスすら模索中だった”若き日のニールを象徴する作品とも言えるだろう。
全曲レビュー
1. The Emperor of Wyoming
インストゥルメンタルで幕を開けるという異例のスタート。カントリー調の優雅なギターに、ニールが描く“西部の空白”が感じられる。
2. The Loner
このアルバムの中でもっとも知られた楽曲。孤独な男の肖像を描いたロック・ナンバーで、Buffalo Springfieldの残響を感じさせつつ、すでにヤングらしい憂いと影が立ちのぼっている。
3. If I Could Have Her Tonight
ストリングスとギターの柔らかな重なりが印象的なバラード。叶わぬ恋を夢想する青年の静かな心象風景。
4. I’ve Been Waiting for You
疾走感あるビートと切迫感を帯びたメロディ。この曲はのちにDavid Bowieもカバーしており、ニールの初期楽曲の中でもとりわけ“エレキ的な焦燥”を感じさせる一曲である。
5. The Old Laughing Lady
淡々と進むコードと幽玄なオーケストレーションの中に、“死”や“老い”といった概念が静かに織り込まれている。実存的な空気感が漂う、詩的な短編映画のような楽曲。
6. String Quartet from Whiskey Boot Hill
わずか1分ほどの弦楽器による挿入曲。アルバムのトーンを中継ぎしつつ、クラシカルな香りを残す。
7. Here We Are in the Years
都市と自然、機械と人間——当時からニールが持ち続けていた文明批評の萌芽が垣間見える歌詞。牧歌的なサウンドとの対比が効果的。
8. What Did You Do to My Life?
短いながらも情熱的な曲。恋愛と裏切り、自己の喪失を叫ぶように訴える。アレンジの密度が高く、後期ビートルズ的な味わいもある。
9. I’ve Loved Her So Long
メランコリックなストリングスとピアノを中心に構成された、このアルバムでもっとも耽美的なラブソング。静かに沈み込むような感情の深さが魅力。
10. The Last Trip to Tulsa
9分にわたる語りと音の旅。アコースティック・ギターを背景に、シュールで断片的なイメージが次々と登場する。ビート・ジェネレーション的な散文詩のようでもあり、ニールの実験精神が最も露わになった一曲。
総評
『Neil Young』は、完成形ではないからこそ、ニール・ヤングという表現者の核心がむき出しになっている作品である。
ここにはまだ“怒れる若者”の姿も、“反戦のアイコン”も、“轟音ギターの伝説”もない。その代わりにあるのは、不安定で、繊細で、時に非常に美しく、時に唐突な感情の断片たちだ。
のちの代表作とは異なるアプローチながらも、すでにこの時点でニールのテーマ——孤独、愛、死、都市と自然の対比、内省——は静かに脈打っている。
彼の旅はここから始まった。ややもすれば埋もれがちなデビュー作だが、この“未完成の肖像”こそが、のちの名作群を照らす隠れた灯火である。
おすすめアルバム
- After the Gold Rush / Neil Young
本作から約2年後に発表された初期の代表作。内省性と叙情性がより高次元で結晶している。 - Buffalo Springfield Again / Buffalo Springfield
ニールの前身バンドの傑作。ヤングの初期作家性がバンドの枠でどのように表現されていたかが見える。 - Nick Drake / Five Leaves Left
同時代の英国フォーク詩人による美しき孤独の音楽。静かな情熱という点で共振する。 - John Martyn / Solid Air
フォーク、ジャズ、ブルースが溶け合う繊細な実験作。音の柔らかさと語りの深さが魅力。 - Leonard Cohen / Songs of Leonard Cohen
語りと沈黙を武器にするもう一人の詩人。ニールの“静かな時間”に寄り添う。
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