1. 歌詞の概要
Sufjan Stevensの「Mystery of Love」は、2017年公開の映画『Call Me by Your Name(君の名前で僕を呼んで)』のために書き下ろされた楽曲であり、同年のアカデミー賞では歌曲賞にノミネートされるなど、世界中で高い評価を受けた。歌詞とメロディは、恋愛の始まりと終わり、そしてその記憶がもたらす痛みと美しさを静かに、しかし鋭く描き出している。
この曲では、「愛の神秘(Mystery of Love)」というタイトルに象徴されるように、人と人との深い結びつきが持つ説明しがたい力がテーマとなっている。恋がどこから来て、なぜ終わるのか。その問いに明確な答えはなく、ただそれを「神秘」として受け入れるしかない──そんな諦念と敬意が込められている。
歌詞は、Elio(映画の主人公)の視点に立ち、彼とOliverの儚くも熱い関係を回想するように展開される。喪失の痛みと同時に、それでもなお心の中に残る美しい記憶──それがこの楽曲の根幹にある感情である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Mystery of Love」は、映画『Call Me by Your Name』の監督ルカ・グァダニーノの強い希望により、Sufjan Stevensが書き下ろした3曲のうちのひとつである(他の2曲は「Visions of Gideon」「Futile Devices(Doveman Remix)」)。Sufjanが映画音楽に正式に関与するのはこれが初めてであり、彼の繊細で内省的な音楽性と、映画の耽美的な世界観が見事に調和を見せている。
映画は1980年代の北イタリアを舞台に、17歳のElioと年上の青年Oliverのひと夏の恋を描いた作品であり、その感情の繊細なゆらぎをSufjanはこの楽曲の中で音楽と言葉に封じ込めている。フォークを基調としたアコースティックなサウンドに、彼の囁くような声が重なり、まるで日記の1ページを覗き見るような親密さと儚さを帯びている。
歌詞には宗教的なモチーフも多く登場し、Sufjan自身の信仰的背景と“愛”に対する敬虔な姿勢がにじみ出ている。愛はただの感情ではなく、時に救いであり、時に試練であり、そして何よりも“神秘”であるという認識が、この曲の根底には流れている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Mystery of Love」の印象的な一節を抜粋し、日本語訳とともに紹介する。
引用元:Genius Lyrics
Oh, to see without my eyes
ああ、目を閉じたまま世界を見たい
The first time that you kissed me
君が初めてキスしてくれたあの瞬間
Boundless by the time I cried
涙を流した時間さえ、境界のないものだった
I built your walls around me
僕は君を、自分の世界の壁として築いた
What was the question that I asked?
僕は何を問いかけていたんだっけ?
Was it the love of mine?
それは、僕の愛だったのか?
このように、記憶と愛、そしてその失われた時間の断片が、静かな抒情として流れていく。
4. 歌詞の考察
「Mystery of Love」の歌詞は、明確な時系列を持たず、まるで夢の中の断片のように、愛の記憶が浮かんでは消えていく構成となっている。そこには、愛が始まる瞬間の高揚感と、それが終わった後に残る痛みの両方が同時に存在しており、その二重性こそが“愛の神秘”として描かれている。
「Oh, to see without my eyes」という冒頭の一行は、視覚という感覚を超えた“感情の記憶”を示唆しており、愛は理屈ではなく感覚で記憶されるものであることを伝えている。また、「I built your walls around me」という一節は、愛した相手の存在が自分の“殻”や“世界”を形作っていたことを意味し、その相手を失うことで自分自身も変容せざるを得なくなるという苦しみが込められている。
宗教的な象徴や言葉が散りばめられているのもSufjanらしい特徴で、「the Lord」や「Heaven」「curse」「blessing」などが、恋の経験そのものを“神の介入”のような形で語っている。ここでの“神”とは、必ずしもキリスト教的な絶対神ではなく、“愛という不可解な力”のメタファーとして用いられているとも読める。
ElioとOliverの関係が社会的に許されないものであるという背景を考慮すると、この“神秘”にはある種の“罪と赦し”の構造も含まれている。Sufjanはそれを裁くのではなく、ただそこに在ったという事実の美しさと苦しさを、祈るように歌っている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Visions of Gideon by Sufjan Stevens
同映画のエンディングを飾る楽曲で、喪失の感情を静かに、痛々しいほどに描き出している。 - Re: Stacks by Bon Iver
内面の混乱と再生の過程を描いた繊細なフォークソングで、感情の質感が非常に似ている。 - Flightless Bird, American Mouth by Iron & Wine
愛と時間、失われたものをテーマにした美しいバラードで、Sufjanの作風と共鳴する。 - Roslyn by Bon Iver & St. Vincent
少しダークで神秘的なバラード。恋愛の痛みと美しさを両立させた世界観。 - The Book of Love by The Magnetic Fields
愛の不条理さをユーモアと哀愁を込めて語る名曲。Sufjanのスピリチュアルな視点とは対照的ながら、愛への敬意は同じ。
6. 愛という“神秘”の受容
「Mystery of Love」は、ただのラブソングではない。それは、恋が持つ“抗えない力”と、それに翻弄された人間の“受容”の記録である。Sufjan Stevensは、この曲で「なぜ愛は始まり、終わるのか」という問いに明確な答えを与えることなく、むしろ答えが出ないこと自体を“神秘”として受け止めている。
そしてその神秘は、決して説明されるべきものではなく、ただ静かに感じ、味わい、そして記憶の中で繰り返し再生されるべきものなのだ──そうSufjanは語る。
この楽曲は、映画と分かちがたく結びついた存在でありながら、それ単体でも十分に成立する完成度を持ち、多くの人々にとって“自分の愛の記憶”と重ねて聴かれる普遍性を獲得している。静かに心を締めつけ、そっと涙を誘いながら、Sufjanはこの曲で“愛することの痛みと美しさ”を永遠に響く詩へと昇華させた。
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