発売日: 1982年4月
ジャンル: ポストパンク、ネオアコースティック、ローファイ、サイケデリック・ポップ
概要
『Mummy Your Not Watching Me』は、Television Personalitiesが1982年にリリースしたセカンド・アルバムであり、ローファイなDIYポップに“サイケデリックな幻視”と“メランコリーな社会批評”を注ぎ込んだ、奇妙で美しい実験的作品である。
タイトルにある「Mummy」は“母親”であり、「君は僕を見ていない」=愛情の不在、監視社会、精神の孤立など複数の意味が重なる多義的なフレーズとなっている。
前作『…And Don’t the Kids Just Love It』が60年代ポップ文化とナイーヴなユーモアをテーマにした“インディー・ポップの原点”だったのに対し、本作はより内向的で幻想的、そして時に破滅的なムードを漂わせる。
特に、ピンク・フロイド(シド・バレット期)やThe Beatlesの中期作品の影響が色濃く、幻覚的ギター、トイピアノ、逆再生エフェクトなどによって、現実がぐらつくような音像が築かれている。
ダン・トレシーの詞世界はより個人的かつ詩的になり、統失的な感覚、家庭や恋愛に潜む不穏、そしてノスタルジアの裏にある喪失感が随所に滲み出ている。
商業的にはほとんど注目されなかったが、今日ではインディー/ネオアコ・サイケの草分け的作品として、ジャンル横断的にカルト的支持を集める重要作である。
全曲レビュー
1. Adventure Playground
遊び場を舞台にしたナンセンス・ポップのようでいて、都市の崩壊と子ども時代の幻想の喪失がテーマに見え隠れする。
チープなオルガンと疾走するリズムが、無邪気さと不安を同時に喚起する開幕曲。
2. Day in Heaven
中期ビートルズ風のサイケ・ポップ。
“天国の一日”という言葉とは裏腹に、死後の幻想と現実逃避の交錯が皮肉に描かれている。
メロディは甘いが、歌詞はどこか寒々しい。
3. Scream Quietly
一見静かな曲調だが、“静かに叫べ”という逆説的なタイトルが示すように、抑圧された精神の内部で渦巻く不安と怒りがテーマ。
ヴォーカルの不安定さが楽曲の不穏さを増幅する。
4. Mummy You’re Not Watching Me
表題曲にして、アルバムの感情的中核。
母親の不在は、愛情の渇望だけでなく、社会からの疎外や精神的監視への抵抗の象徴でもある。
トレシーの脆い声が、聴く者に痛みを突きつける。
5. Brian’s Magic Car
シュールで幻想的な物語ソング。
“ブライアンの魔法の車”に乗って、現実から逃避するファンタジーは、サイケデリックなギターとノスタルジックな旋律に包まれつつも、どこか空虚。
6. David Hockney’s Diaries
実在する画家デヴィッド・ホックニーを題材にした風刺的楽曲。
芸術、セクシュアリティ、都市生活の記録として、英国カルチャーを批評的に眺めるトレシーの眼差しが強く表れている。
7. Painting by Numbers
“数字で描く絵”というタイトルが象徴するように、創造性の枯渇、機械的な生活、均質化された文化への皮肉が主題。
構成はポップだが、言葉には鋭さがある。
8. Lichtenstein Painting
再び現代美術からの着想。
ロイ・リキテンスタインのポップアートをモチーフに、表現と虚構、感情とアイコンのズレを描くメタポップソング。
ローファイながら哲学的含意が強い。
9. Magnificent Dreams
このアルバム中もっとも浮遊感の強いサイケ・ポップ。
“壮麗な夢”のはずが、どこか不気味で不安定。
美しいメロディの裏に破滅と孤独の影がちらつく、非常にTelevision Personalitiesらしい楽曲。
10. King and Country
ナショナリズムと戦争批判をテーマにした、本作屈指のシリアスな社会派ソング。
過去の栄光(King)と個人の犠牲(Country)を反語的に捉え、ローファイな録音だからこそリアルに響く。
11. The Baby Said
子ども視点の語りが印象的な異色曲。
無垢さの中に毒を忍ばせた構成で、幼児性と狂気の間を行き来するような危うさを持つ。
12. Closer to God
精神的救済を求めながらも、どこにも安息がないことを暗示するシニカルなタイトルとメロディ。
逆説的で祈りのような、でもどこか虚無的な曲。
13. In a Perfumed Garden
アルバムのラストを飾るドリーミーなポップソング。
甘い香りと夢の庭というイメージに浸りながら、どこか取り返しのつかない喪失が残る。
まるで夢のあとに目覚めるような終幕。
総評
『Mummy Your Not Watching Me』は、Television Personalitiesが初期のポップカルチャー的ユーモアと風刺を引き継ぎつつ、より個人的で精神的な混沌に深く足を踏み入れたアルバムである。
DIYローファイ録音の不安定な音質と、サイケデリックな構成、そしてトレシーの詩的かつ幻覚的なリリックが絡み合い、現実と幻想、批評と狂気のはざまを彷徨うような音世界を生み出している。
この作品を聴くという行為は、まるで壊れたカセットテープから漏れる“記憶と夢の断片”に耳を澄ますような体験であり、無力な少年と鋭い観察者が同居するダン・トレシーの心象風景を覗き見ることに他ならない。
おすすめアルバム(5枚)
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The Soft Boys / Underwater Moonlight
サイケとポストパンクの橋渡し。幻覚的で歪なポップの感触が共通。 -
Julian Cope / Fried
精神的崩壊とポップの再構築が主題。ダン・トレシーの世界と重なる瞬間多数。 -
The Cleaners From Venus / Midnight Cleaners
ローファイDIYサイケポップの隠れた金字塔。英国地下感がTelevision Personalitiesと響き合う。 -
Robyn Hitchcock / I Often Dream of Trains
幻想、孤独、60sポップの変奏として、非常に近い詩的世界観を共有。 -
The Olivia Tremor Control / Dusk at Cubist Castle
90年代USサイケの金字塔。『Mummy…』の夢見がちな断片性を継承した作品。
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