
発売日: 1979年11月23日
ジャンル: ポストパンク、ダブ、エクスペリメンタル・ロック
概要
『Metal Box』は、Public Image Ltd.が1979年にリリースした2作目のスタジオ・アルバムであり、ポストパンクの歴史の中で最も先鋭的かつ実験的な作品のひとつとされる傑作である。
オリジナルの発売形態は、3枚組の12インチレコードを金属製の缶(まるでフィルムリールのケースのような“Metal Box”)に収めたもので、そのフィジカルな衝撃性も含めて、“ロックの規範を破壊する美学”を極限まで推し進めた。
本作では、ジャー・ウォブルによる重低音のダブ・ベースと、キース・レヴィンの金属的なギター、ジョン・ライドンの不穏なヴォーカルが三位一体となり、音楽の“空間性”と“即興性”を極度に強調。
録音は即興的かつラフな手法で行われ、曲によってはリハーサルのような生々しさがそのままパッケージされている。
歌詞は断片的で象徴的、演奏はループと反復が中心、構成は予測不可能。
それでも本作は、パンク以降の時代における“破壊と創造”の象徴として、RadioheadやSonic Youth、Massive Attackなど多くのアーティストに影響を与えている。
『Metal Box』は、音楽そのものを“再構築”する試みであり、アートとしてのアルバム表現の極北なのである。
全曲レビュー
1. Albatross
約10分に及ぶ重厚なオープニング。
ウォブルのうねるダブ・ベースと、レヴィンのエッジの効いたギターが延々と絡み合う中、ライドンのヴォーカルは絶望と嘲笑をこめて「You got what you wanted」と繰り返す。
その“諦めの肯定”が、逆に何かの始まりを予感させる。
2. Memories
ダンサブルなビートと混沌が絶妙に混ざり合った一曲。
“記憶”という曖昧なテーマに、ノイズ的なギターとポップなベースラインが乗る。
本作の中では比較的構造が明瞭で、シングルカットもされた。
3. Swan Lake (Death Disco)
母の死をテーマにした、ライドンの最も個人的な絶叫。
チャイコフスキーの「白鳥の湖」の旋律を引用しながら、それをノイズと絶望で再構成している。
“踊る死”のイメージが、死と美、痛みと形式の緊張関係を露呈させる衝撃作。
4. Poptones
車内で誘拐された被害者がラジオから流れるポップソングを記憶にとどめた、という実際の事件をモチーフにした楽曲。
ウォブルの持続するベースとレヴィンの空間的ギターが異様な浮遊感を生み出す。
“ポップな旋律”が、最も不気味な文脈で響く一例。
5. Careering
政治的混乱と暴力をテーマにしたトラック。
ドラムマシンのリズムとカットアップされたギター、スローガンのようなライドンの語りが、まるで都市暴動のサウンドトラックのように響く。
鋭いアジテーションを持つ名曲。
6. No Birds
タイトル通り、空虚な風景が音として描かれる。
鳥のいない世界、すなわち自然の喪失と感覚の不在を、ほとんど不協和音に近いアンサンブルで表現している。
ライドンの語りが詩的かつ不穏。
7. Graveyard
1分強のインストゥルメンタル・トラック。
断片的なビートと金属音が絡み合い、無機質で殺伐とした“墓場”のイメージを凝縮したかのよう。
アルバムの不安定さをさらに煽る短編的インタールード。
8. The Suit
社会的役割や“スーツを着た人間”=ビジネスマンに対する風刺。
語り口は冷静だが、言葉の選び方に皮肉と軽蔑がにじむ。
リズムと語りの繰り返しがラップ的でもあり、現代的聴き方にも耐える一曲。
9. Bad Baby
言語化しきれない感情や不快感を、リズムとノイズで直接的に伝えてくる曲。
ヴォーカルは叫びと囁きのあいだを行き来し、ギターは断続的に刺さるように響く。
混沌の中にある奇妙なキャッチーさがクセになる。
10. Socialist
当時の政治状況(特に英国労働党と社会主義)を諷刺したトラック。
反復とノイズの洪水の中に、明確な批評性が見え隠れする。
短いながらメッセージ性が強い。
11. Chant
「Love war fear hate / Love war fear hate…」という叫びの反復。
呪文のように続くその言葉は、感情と社会の根底にある本能的反応をむき出しにする。
構造よりも“衝動”が支配するラストトラックであり、狂気とカタルシスが一気に爆発する。
総評
『Metal Box』は、1979年という年において、最も過激で、最も“時代の先を行っていた”アルバムである。
それは単なるポストパンクの延長ではなく、「音楽」という形式そのものを物理的・感情的・文化的に問い直す試みであり、リスナーに“聴くこと”を強要する。
その不穏さ、即興性、予測不可能な構造は、リリースから40年以上経った今もなお異物感を失わず、むしろ現代のノイズ、ポストロック、エレクトロニカの先駆として評価されている。
本作は、作品というよりも“状況”であり、“空間”であり、“儀式”である。
この金属の箱の中に収められたのは、ジョン・ライドンの声でも、バンドの音楽でもない。
それは、「何かが壊れた後に、我々は何を響かせられるのか?」という問いそのものなのだ。
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