1. 歌詞の概要
「Mesmerise」は、イギリスのサイケデリック・ロックバンド、Templesが2014年に発表したデビュー・アルバム『Sun Structures』に収録された楽曲であり、彼らのレトロフューチャーなサウンドを象徴する1曲である。タイトルの「Mesmerise(魅了する、催眠にかける)」という言葉のとおり、楽曲全体が陶酔感と夢幻的な感覚に包まれており、現実と非現実の境界を溶かすような印象を与える。
歌詞では、人の心や意識が「mesmerise=催眠状態」に陥ることを中心に描かれており、それは恋や欲望、またはスピリチュアルな力など、何か得体の知れない“引力”によって引き込まれていく感覚を示しているようにも読み取れる。この催眠状態は、心地よい幻想の中にとどまる逃避とも、現実からの脱却を目指す覚醒とも解釈できる、曖昧で多義的なテーマである。
そして何より、歌詞の意味を明確に説明することを拒むような構造自体が、リスナーを「Mesmerise」の世界に引き込む最大のトリックであり、まさにそのタイトルが語るような“魅了”の力が全編に渡って働いている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Mesmerise」は、Templesのデビュー作『Sun Structures』(2014年)の後期シングルとして発表され、サイケデリック・リバイバルの中でも特にクラシカルで華やかな響きを持つ楽曲として高く評価された。バンドはこの作品で、The Byrds、The Beatles後期、Pink Floyd初期といった1960年代のサイケ・ポップに強く影響を受けながらも、それを単なる模倣ではなく、現代的なプロダクションとポップセンスで再構築してみせた。
「Mesmerise」の制作には、バンドの中心人物であるジェームズ・バッグショーがプロデュースと録音を担っており、彼の自宅スタジオでセルフレコーディングされたことでも知られている。そのため、細部にまで統制のとれた音の構築がなされており、煌びやかでありながら不穏、開放的でありながら閉じ込められたような空気感が共存している。
MV(ミュージック・ビデオ)では、万華鏡のような映像とサイケデリックな色彩、逆再生や反復処理などが駆使され、まさに“催眠にかける”ような視覚演出が施されており、視覚と聴覚の両方から“mesmerise”を体感させる作品となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Mesmerise」の中から印象的なリリックを抜粋し、日本語訳とともに紹介する。
引用元:Genius Lyrics – Mesmerise
“Mesmerise, mesmerise all of you”
魅了する、君たちすべてを魅了する。
“When you sleep, when you lie awake”
君が眠るときも、目覚めているときも。
“When your mind’s in a dream”
心が夢の中にあるときも。
“It’s hypnotised, synchronised into blue”
それは催眠にかかり、青の中へと同期されていく。
“Open your eyes, realise it’s not true”
目を開けて、それが真実ではないと気づいて。
これらの詩的なフレーズは、夢と現実、意識と無意識の境界を曖昧にし、リスナーに一種の“思考の混濁”をもたらすように意図されている。とくに「It’s hypnotised, synchronised into blue(催眠にかかり、青の中へと同期する)」というラインは、視覚的な比喩と心理状態のリンクが非常に鮮やかで、サイケデリックなリリックの代表格といえる。
4. 歌詞の考察
「Mesmerise」の歌詞は、現実の知覚がいかに簡単に操作されうるか、あるいは人間がどれほど容易に幻想に身を委ねてしまうかという問いを投げかけている。催眠(Hypnosis)や魅了(Mesmerism)といったテーマは、ただの恋愛的陶酔ではなく、認識論的・心理学的な視点でも読み解くことができる。
歌詞では、対象(君)を魅了する語り手(歌い手)が、一種の支配者のようにふるまっており、その声や音、言葉によってリスナーは徐々に“真実”から遠ざかっていく。この構造自体が、ポップミュージックやメディアに対する批評性を帯びているとも考えられ、サイケデリック・ロックが得意とする“現実からの逸脱”を見事に描写している。
また、「realise it’s not true(それが真実ではないと気づいて)」というフレーズには、覚醒への呼びかけも感じられる。つまり、この楽曲は“催眠”の甘美さと同時に、その先にある“目覚め”の可能性も示しており、決して一方的な逃避に終わっていない。夢の中にいながらも、それが夢であることに気づけるかどうか――それがこの曲の隠されたテーマなのかもしれない。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Mind Mischief” by Tame Impala
恋と催眠の間を揺れ動く感覚を描いたサイケ・ロック。リズムと音像がTemplesと非常に近い。 - “Strawberry Fields Forever” by The Beatles
幻想的な世界に誘う名曲。心理の揺らぎや夢と現実の交差というテーマで共通する。 - “Electric Feel” by MGMT
催眠的なリズムと奇妙な浮遊感、セクシュアルな魅了というテーマが「Mesmerise」と重なる。 - “Lucidity” by Tame Impala
“明晰夢”をテーマにしたサイケデリックな世界観が非常に似ており、夢想と認識の曖昧さを表現している。 - “Saturdays” by Twin Shadow
80sテイストの幻想ポップで、時間の停止や現実逃避といったモチーフが近い。
6. サイケデリックの快楽と目覚めのあわい:Templesの知覚芸術
「Mesmerise」は、Templesの音楽が単なる懐古趣味ではないことを明確に示した楽曲である。彼らは1960年代のサイケデリックな音楽スタイルを基盤としながらも、そこに現代的な知覚操作やメディアへの批評的視線を織り込み、新たな“感覚の迷宮”を作り上げている。
この曲が提示するのは、“聴覚的催眠”とでも呼ぶべき体験である。繰り返されるメロディ、サウンドの残響、そして抽象的なリリック。すべてが一体となって、リスナーを音の夢の中に引き込んでいく。だがその夢の中で、ふと「これは現実ではない」と気づかせる瞬間がある。そこにTemplesの知的なセンスが光っている。
「Mesmerise」は、美しさと不安、陶酔と覚醒が共存する、現代サイケデリック・ロックの象徴的楽曲であり、音楽によって意識を操作する“現代の魔法”として、今なお聴き手を惹きつけ続けている。
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