発売日: 1992年3月16日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ポストグランジ、カナディアン・ロック
概要
『McLaren Furnace Room』は、カナダ・ウィニペグ出身のオルタナティヴ・ロックバンド、The Watchmen(ザ・ウォッチメン) が1992年に発表したデビュー・アルバムであり、
その荒々しさと誠実な音作りで、カナダ国内における90年代ロックシーンの“密かな原点”とされる作品である。
アルバムタイトルの「McLaren Furnace Room(マクラレンのボイラー室)」は、
バンドがウィニペグの**“McLaren Hotel”の地下室を練習拠点としていたことに由来しており、
この作品全体に流れる土臭く湿った空気感、自己表現への渇望と閉塞感**は、まさにその地下空間から立ち上がってくるようなリアリティを持っている。
ヴォーカルのDaniel Greavesは、エモーショナルかつドラマティックな表現力で注目され、
サウンド面ではオルタナ、グランジ、クラシックロックの混合物のような質感を持つ。
Pearl JamやThe Tragically Hipとも比較されるが、よりカナダ的な実直さと素朴さを強く感じさせるのがこのバンドの魅力である。
全曲レビュー
1. 30th Century Man
SF的タイトルとは裏腹に、骨太なリフで始まる直球ロックの幕開け。
時代に置いていかれた男の苦悩と開き直りを、疾走感のある演奏で描く。
2. Wiser
ギターのハーモニクスが印象的なミディアム・テンポの一曲。
“少しだけ賢くなった”という皮肉と自戒を込めたリリックが、青春の痛みと成長のはざまを描いている。
3. Sleep
アルバムのハイライトの一つ。
内省的で静謐なイントロから始まり、感情が爆発する後半への流れが秀逸。
不眠と現実逃避をテーマにした、非常にシネマティックな楽曲。
4. Run and Hide
ややグランジ色の強い1曲で、怒りや焦燥をそのまま叩きつけるような演奏が特徴。
「逃げて、隠れろ」と繰り返されるサビは、自己防衛と現実逃避の両義性を持つ。
5. Cracked
バンドらしいリフ主体の中速ロック。
“ひび割れた”というキーワードをもとに、内側から壊れていく心のイメージを歌う。
6. I’m Still Gone
非常にメロディアスで哀愁を帯びたバラード。
失われた愛や場所に対する執着と放棄が絡み合い、ヴォーカルの感情表現が最も際立つ楽曲。
7. Falling Mr. Chalmers
謎めいた人物“チャルマーズ氏”をめぐる寓話的楽曲。
サビの不協和音気味な進行が、人生の崩壊感や逸脱の感覚をうまく表現している。
8. Must to Be Free
アルバム中もっともパンクに近い楽曲。
「自由でなければならない」というタイトルが、カナダの地政学的抑圧や若者の反抗心を重ねて響く。
9. All Uncovered
ライブでも人気の高いアンセム的トラック。
重たいギターとエモーショナルなサビが噛み合う、カナダン・グランジの象徴的楽曲。
歌詞には、自身の脆さや感情の“剥き出し”が強く込められている。
10. Laugher
ハードにドライブするリフとタイトなリズム隊が印象的な終盤のロックナンバー。
タイトルに反して、内容はむしろ笑えない現実と感情の緊張を描いている。
11. Vovo Diva
謎めいたタイトルと共に、ややファンク寄りのリズム感を持った変化球的なトラック。
バンドの幅広い音楽性が垣間見える1曲。
総評
『McLaren Furnace Room』は、The Watchmenというバンドが自らの足元から出発し、
不安定な時代と感情の出口を探しながらロックを鳴らした“現場の音”の記録である。
カナダの広大さや寒さ、そして閉塞感を背景に、
このアルバムは派手さのない誠実なオルタナティヴ・ロックを提示し、
聴く者に“真っ直ぐな痛み”を届けることに成功している。
商業的には後の『In the Trees』(1994年)ほどの成功は収めていないが、
このデビュー作は、彼らのコアとなる精神性と音楽的な原型をそのまま封じ込めた貴重な作品である。
おすすめアルバム
- The Tragically Hip『Up to Here』
同郷のロックアイコン。リリックの実直さとカナディアン・スピリットが共通。 - Moist『Silver』
90年代カナダ産ポストグランジの隠れた名作。メロディの切なさが近い。 - Matthew Good Band『Underdogs』
ダークで鋭い感情の描写とロックサウンドのバランスが秀逸。 - Our Lady Peace『Naveed』
エモーショナルなヴォーカルと歪んだギターの重厚感でThe Watchmenと好相性。 -
I Mother Earth『Dig』
グルーヴィで哲学的なオルタナティヴ・ロック。リズムのアプローチが興味深い。
ファンや評論家の反応
カナダ国内では、The Watchmenの誠実で力強いライブパフォーマンスと相まって本作は好意的に受け入れられ、
特に「All Uncovered」や「Sleep」は、後にライブ定番曲として長く愛されることになる。
批評家からは、「グランジ以降の誠実なカナディアン・ロックの一例」として高く評価され、
粗削りながらも生々しさを決して失わないデビュー作として、今日でも“原点回帰”の作品として挙げられることが多い。
『McLaren Furnace Room』は、光が差す前の地下室——
そこから鳴り始めた、確かなリアルの音なのだ。
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