Math by Temporex(2017)楽曲解説

1. 歌詞の概要

「Math」は、カリフォルニア出身のベッドルーム・ポップ・アーティスト、Temporex(テンプオレックス)が2017年に発表したデビューアルバム『Care』の収録曲で、彼の独特なユーモア、内省、そしてZ世代的疎外感が交差する非常に象徴的な楽曲である。

タイトルの「Math(数学)」が象徴するのは、論理的な思考や規則、正しさを象徴する世界観であり、それに対して主人公は不適合であると感じている。歌詞の中では、数学の授業という日常的な場面を舞台に、そこから逃れたい気持ち、疎外感、そして自分の存在が正しくはまらない不安定な世界を描いている。

この曲の中心的なモチーフは「逃避」である。学校という制度的空間や社会的規範、集団の中で期待される“優等生”像に自分を合わせようとしても、うまくいかない。その結果、主人公は“外の世界”や“自分自身の内面”に意識を向けていく。Temporexはこの曲を通じて、10代の若者が感じる「ここにはいないほうがいい」という感情を、サウンドとリリックの両面で静かに、しかし強烈に描いている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Math」は、Temporexが高校生のときに自宅で完全にセルフプロデュースしたアルバム『Care』に収録された一曲であり、当時の彼の実体験や学校生活の閉塞感が色濃く反映されている。

アルバム全体が持つ、甘くも淡い、どこか懐かしさを伴うローファイな音像のなかで、「Math」はより直接的に“学校”というコンセプトを用いており、現実感がありながらも、その感情はまるで夢の中のようにぼやけている。この曲では、数学の授業やクラスルームという具体的な状況を描きながら、それがメタファーとなり、社会の中での自己の位置や居心地の悪さ、そして逃避願望を表現している。

また、曲の構成としては、シンプルなドラムパターン、チープなシンセベース、そしてどこかおもちゃ箱をひっくり返したような電子音が印象的で、まるで“幼さ”と“成長途中の不安定さ”が同居した音作りになっている。この音像とリリックのギャップが、まさにZ世代的なアイロニーを体現しており、多くの若者にとって「自分のことのように感じられる」楽曲となっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Math」の中から印象的なリリックを抜粋し、日本語訳を添えて紹介する。

引用元:Genius Lyrics – Math

“I don’t wanna go to math class”
数学の授業になんて行きたくない。

“I don’t wanna think no more”
もう何も考えたくないんだ。

“I just wanna stare at the ceiling”
ただ天井を見つめていたい。

“And maybe just lie on the floor”
床に寝転んで、ぼーっとしてたい。

“I don’t get this equation”
この数式、何が何だか分からない。

“I don’t even know what it’s for”
何のためにあるのかも分からない。

これらのリリックは、学校や勉強に対する明確な拒絶ではなく、どこか投げやりで無気力な諦めのような感情を表している。その語り口は非常に淡々としているが、内面では深い倦怠と孤独が渦巻いていることが感じられる。とりわけ「I don’t get this equation(この数式が理解できない)」という言葉は、単に勉強への苦手意識を表すだけでなく、「自分の人生の意味や目的も分からない」というより広い意味での“不理解”を象徴している。

4. 歌詞の考察

「Math」は、学校という場を舞台にした10代の不安と不適合感を描く楽曲であるが、その核心にあるのは“システムへの違和感”と“自分の存在の居場所が分からない感覚”である。語り手は、クラスメートや先生、教科書の中の“正解”に囲まれながら、自分だけがそこにうまく馴染めないことに気づいている。だが、それを声高に叫ぶわけでも、反抗するわけでもなく、ただ「天井を見つめていたい」とつぶやく。このパッシブな姿勢こそが、現代の若者に特有の感情である。

この楽曲はまた、「無気力」という感情に対する再定義でもある。エネルギーの欠如ではなく、“過剰な情報”や“期待”に押しつぶされた結果としての沈黙。その沈黙を、Temporexは「歌わないこと」で逆に強く表現している。

さらに、「数学」というテーマは、人間関係、社会的役割、人生の意義といった、答えの出ない問題のメタファーでもある。方程式に解があることが前提とされる数学と、答えの出ない現実とのあいだのギャップに苦しむ主人公の姿が浮かび上がる。この曲は、そのズレに気づきながらも、どうすることもできずに“ただ寝転んで天井を見る”という受動的な抵抗の形をとっているのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Lazy Eye” by Silversun Pickups
    社会との距離感、内面の空虚感をロック的なアプローチで描く。

  • “Bored” by Billie Eilish
    退屈さと無関心を歌いながら、その裏にある情緒をにじませるスタイルが共通。

  • “Nobody” by Mitski
    “誰にも気にかけられないこと”への孤独な叫び。数学教室の無言と通じる静かな痛み。

  • “SLOW DANCING IN THE DARK” by Joji
    現代的な愛と存在の曖昧さをチルでドリーミーな音像で描く。

  • “Are You Lost in the World Like Me?” by Moby & The Void Pacific Choir
    テクノロジー社会と個人の隔絶を鋭く描写する一曲。社会との断絶感が「Math」とリンク。

6. 数学教室の片隅で生まれた“存在の問い”

「Math」は、単なる“授業が嫌い”という歌ではなく、Temporexというアーティストが“今この世界で若者が感じていること”を、ごく小さな場面から引き出した哲学的ポップソングである。

誰かに理解されることを諦め、現実の流れからそっと降りていくようなその姿勢は、反抗でも自己主張でもない。“ただここにいる”という存在の証明としての沈黙。その沈黙のなかに、“世界の中で自分はどう存在しているのか”という根源的な問いが潜んでいる。

Temporexはこの楽曲を通して、学校、社会、人生という巨大な“問題集”の前で立ちすくむすべての若者にそっと寄り添いながら、答えを提示するのではなく、“分からないままでいいんだよ”というささやかな許しを与えているのかもしれない。
「Math」は、方程式の外側にいる人たちのための、優しく、誠実なアンチ・アンセムである。

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