
発売日: 2018年6月15日
ジャンル: インディーポップ、ベッドルームポップ、オルタナティヴR&B、クィア・ポップ
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概要
『Make My Bed』は、King Princessが2018年にリリースしたデビューEPであり、彼女の音楽的原点を記録した、静かで親密な自己紹介のような作品である。
当時まだ19歳だったMikaela Straus(King Princess)は、本作において自身のクィア・アイデンティティ、未熟な恋愛、自己承認への葛藤などを、ローファイな質感と繊細なリリックで描き出している。制作にはMark Ronsonが率いるZelig Recordsが関わっており、デビュー作ながらその完成度の高さで注目を集めた。
ベッドルームでの自録音感を活かしたサウンド、ピアノとギターを中心にした最小限のアレンジ、そしてリスナーに直接語りかけるようなボーカルスタイルは、当時のインディーポップの潮流とも共鳴。特に「1950」は、クィアな視点をポップに昇華した代表曲として、SNSで爆発的な支持を得た。
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全曲レビュー
1. Make My Bed
ピアノを基調としたイントロダクション的トラック。タイトルどおり、“ベッドを整える”という日常の行為を、感情の乱れや整理と重ね合わせた、静かな出発点。
2. Talia
失恋をテーマにしたバラードで、痛みと執着の境界線を柔らかく描く。リリックに登場する“Talia”という名前の響きが、美しくも哀しい残響を残す。
3. Upper West Side
マンハッタンの象徴的エリアを舞台に、恋人との階級的・感情的な距離を綴る楽曲。ジャズとR&Bの間にあるような音像が、洗練と切なさを同居させている。
4. Holy
神聖性と性愛を並置する、King Princessらしいアイロニックな楽曲。“あなたが私を聖なる存在にした”というリリックは、性的経験をポジティブに昇華しつつ、宗教的象徴への批評も滲ませる。
5. 1950
EP最大のハイライト。1950年代の秘密の恋愛(特にクローゼットに隠れたクィア恋愛)をテーマにしつつ、現代的な感性で再構成したラブソング。中毒性のあるメロディとタイムレスなテーマが世界中のリスナーの共感を集めた。
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総評
『Make My Bed』は、King Princessというアーティストが“どこから来て、どこへ向かうのか”を示す、非常に静かで力強いデビュー作である。
このEPには、音楽的な派手さや技巧の誇示はない。その代わりにあるのは、声の揺れ、言葉の選び方、サウンドの隙間に宿る親密さである。恋愛における傷つきやすさや、社会的な違和感、日常の中に潜む“特別”をすくい上げる感性は、後の『Cheap Queen』や『Hold On Baby』へとつながるKing Princessの美学の出発点として非常に重要だ。
また、本作は“クィア・ポップ”としての位置づけにおいても、単なる表現の外在化ではなく、内側からにじみ出る自然な自己開示がリスナーの心に届く希有な例として記憶されるべき作品である。
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おすすめアルバム(5枚)
- Frank Ocean『channel ORANGE』
私的で詩的なラブソングが多く、性の曖昧さと誠実な描写が共通。 - Clairo『diary 001』
若きシンガーによるベッドルーム・ポップの原点。音の余白と語り口に近さがある。 - Troye Sivan『Blue Neighbourhood』
クィアな視点で描かれた繊細な感情の軌跡。『1950』と通じる普遍性を持つ。 - Phoebe Bridgers『Stranger in the Alps』
抑えた語りと内省的なサウンドによる感情の描き方がKing Princessと共鳴。 - Julien Baker『Sprained Ankle』
信仰と痛み、愛の交錯をシンプルな構成で描く点で『Holy』と共通項を持つ。
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歌詞の深読みと文化的背景
“1950”の歌詞にある「I hate it when dudes try to chase me, but I love it when you try to save me」という一節には、異性愛規範への違和感と、それを破る関係性への安堵が込められている。
“Holy”では、宗教的イメージが性的関係に転化され、「救済」や「信仰」といった重い言葉が、ベッドルームの中で翻訳される。King Princessは、これらの象徴を決して攻撃的には扱わず、個人の感覚として繊細に再配置しているのだ。
このように、『Make My Bed』は単なる“恋愛の記録”ではなく、クィアとして世界を生きることのささやかながら強固な表現なのである。
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