
1. 歌詞の概要
「Made of Stone」は、The Stone Rosesのデビュー・アルバム『The Stone Roses』(1989年)に収録された楽曲であり、バンドの持つリリシズムと幻想性、そして都市的なメランコリアを見事に結晶化した一曲である。
タイトルの“石でできている”という表現は、感情の欠如、無力感、あるいは不動の意思を象徴していると同時に、登場人物が“動かない者”でありながらも、内側では変化を希求している存在であることを暗示している。歌詞の中で描かれるのは、都市の喧騒と孤独のなかに生きる人物が、突如として街を破壊するような事件や映像的な幻影を心に描きながらも、それをどこか非現実的なものとして傍観している、という非常に不穏で詩的なビジョンである。
この曲は決して明快なストーリーを語るわけではない。むしろ断片的なイメージ、夢とも現実ともつかない描写が重なり合い、そこに流れるのは「どこにも属せない自分」の感覚と、「もしすべてが壊れたら」という衝動だ。その核心には、若さゆえの焦燥、退屈、そして破壊願望が渦巻いている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Made of Stone」は、The Stone Rosesの中でもとりわけダークで内省的なトーンを持った楽曲であり、彼らの美的感覚と精神性を象徴する一曲である。1989年のUKでは、サッチャー政権下で若者の閉塞感が高まりつつあり、労働者階級の都市であるマンチェスターには、未来への希望と同時に深い倦怠が漂っていた。
この曲は、そうした時代の空気感と深く結びついている。表面上はラブソングのようにも見えるが、その裏には世界を破壊したい衝動、あるいは“終末”を目撃したい欲望が潜んでいる。The Stone Rosesは、そのサイケデリックな音像によって、現実を歪め、より詩的な視点から世界を見つめようとした。特にこの曲では、ジョン・スクワイアのギターが繊細なうねりを描き、イアン・ブラウンのヴォーカルは虚無的でどこか非人間的ですらある。
また、「Made of Stone」は当初、バンドが“これこそが自分たちの代表曲だ”と強く推していたナンバーで、実際にライブでも重要な位置づけを持ち続けていた。彼らの“若き日のアンセム”であると同時に、“終末の美学”を抱えた、静かな破壊の詩でもある。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に印象的な一節を抜粋し、和訳とともに紹介する。
Your knuckles whiten on the wheel
The last thing that your hands will feel
ハンドルを握る君の拳が白くなる
君の手が最後に感じるものはその感触Your final flight can’t be delayed
No earth, just sky, it’s so serene
君の最後の飛行はもう遅らせられない
地面はなく、ただ空だけがある とても穏やかだI don’t have to be here
Look at the world I’m in
僕はここにいる必要なんてない
この世界を見てごらんよYou can’t see me, you can’t touch me
君には僕が見えない、触れることもできない
※ 歌詞の引用元:Genius – Made of Stone by The Stone Roses
このフレーズは、事故や逃避を思わせる幻想的な情景を描いている。車の中、空へ飛び立つような感覚、そして自分という存在が透明になっていくような描写。それは死の瞬間なのか、意識の飛翔なのか、あるいはただの想像に過ぎないのか――その曖昧さがこの曲の核なのである。
4. 歌詞の考察
「Made of Stone」は、詩的に描かれた破滅願望と、現実逃避の狭間を揺れる意識の歌である。主人公は“ここ”から離れたいと願っているが、具体的にどこへ行きたいのか、あるいは何を壊したいのかは語られない。むしろ重要なのは、「今の自分ではない何か」への欲望であり、それを手に入れるためには破壊や崩壊すらも厭わないという暗い衝動である。
「Stone(石)」でできているという自己認識は、一見すると感情をなくした存在、自分を外部から見つめる冷たい視線のようにも思える。しかし、それは逆に、あまりにも繊細すぎる感覚を守るための鎧なのかもしれない。都市の喧騒のなかで、感じすぎることを恐れて無感覚を装っている若者――そんな姿が浮かび上がってくる。
また、この楽曲の映像的な歌詞は、マンチェスターという街そのものと共鳴する。古い建物、壊れた風景、灰色の空。そのなかで静かに“すべてを見届けたい”と願う視線は、80年代末の英国ロックに共通する冷静で反抗的な美学を体現している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- I Wanna Be Adored by The Stone Roses
存在の承認を求める静かな絶望と欲望が交錯する、バンドのオープニング・アンセム。 - The Eternal by Joy Division
虚無と哀しみを内に抱えながら時代を見つめる、ポストパンクの叙情詩。 - Slide Away by The Verve
サイケとグランジが混じり合った音像の中で、崩壊と再生を描いた名曲。 - Live Forever by Oasis
退屈な日常をぶち壊し、永遠を夢見るUKロックの宣言。 - Soon by My Bloody Valentine
陶酔と衝動、希望と終焉が曖昧に混じり合う、時代のサウンドスケープ。
6. 静かなる破壊者たちの詩:Stone Rosesの都市の美学
「Made of Stone」は、The Stone Rosesのデビュー・アルバムの中でもとりわけ映画的で、かつ文学的な密度をもつ楽曲である。明確な答えを提示しないまま、感情の奥底にあるざらつきを静かに描き出す手つきには、バンドの本質が表れている。
ジョン・スクワイアのギターは、攻撃性を持たずにして風景を描き出し、イアン・ブラウンの声はあくまで傍観者として世界を見つめる。そしてその世界は、もしかするとすぐにでも崩壊するかもしれない、だがそれでいい――という諦めと美しさに満ちている。
この曲は、“何かを壊したい”という願望を秘めながらも、それを暴力としてではなく、詩として差し出している。その優雅さと静かな狂気は、90年代UKロックの精神的地盤をつくったとも言えるだろう。
都市に生き、感情を持て余し、壊したい衝動に駆られたことのあるすべての人にとって、「Made of Stone」は、決して古びることのない内面の風景なのである。
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