イントロダクション
Love and Rockets――その名前には、感情(Love)と技術(Rockets)、つまり“人間”と“機械”のような、二項対立が込められている。
このバンドは、1980年代ポストパンク/ゴスの熱と陰を受け継ぎつつ、より開かれたポップ性とサイケデリックな夢想を持ち込んだ存在だった。
Bauhausの3人――ダニエル・アッシュ、デヴィッド・J、ケヴィン・ハスキンス――が結成したこのプロジェクトは、ゴシックの闇を超えて、より軽やかで内省的な音楽世界を切り開いていく。
バンドの背景と歴史
Love and Rocketsは、1985年、伝説的ゴスバンドBauhausの解散後に、ギタリストのダニエル・アッシュ、ベーシストのデヴィッド・J、ドラマーのケヴィン・ハスキンスの3人によって結成された。
バンド名は、同名のアメリカン・コミック『Love and Rockets』から拝借したもので、音楽だけでなくアートやポップカルチャーへの意識も強く感じられる。
1985年のデビュー・アルバム『Seventh Dream of Teenage Heaven』で、ポストパンクとサイケデリアの交差点に立つ独自のスタイルを提示。
その後も、アコースティック、エレクトロ、ポップ、インダストリアルなど多様なジャンルを横断しながら、キャリアを重ねていく。
1989年には「So Alive」の全米ヒットでメインストリームにも進出し、オルタナティヴ・ロック前夜の象徴的存在として記憶されることとなった。
音楽スタイルと影響
Love and Rocketsのサウンドは、Bauhausのような鋭利なダークネスを引き継ぎながらも、よりサイケデリックで開放的な音像が特徴である。
そこには、The Velvet Undergroundの夢幻性、Pink Floydの空間感覚、T. Rexのグラム的な華やかさが、電子音とロックビートの中で再構築されている。
ダニエル・アッシュのギターはノイズとメロディの境界を遊ぶように響き、デヴィッド・Jのベースはドライで知的、ケヴィンのドラムはミニマルでクラフトワーク的。
そこに時折現れるアコースティック・バラードやエレクトロポップの要素が、バンドの多面性を際立たせている。
歌詞は内省的で、時に哲学的。
恋愛や喪失、自己崩壊、そして再生といったテーマを、夢のように、あるいは断片的に描いてみせる。
代表曲の解説
So Alive
バンド最大のヒット曲にして、オルタナティヴ・チャートの象徴的なアンセム。
レイドバックしたビート、セクシャルで浮遊感のあるヴォーカル、そして“生きている”ということへの陶酔。
〈I don’t know what color your eyes are, baby / But your hair is long and brown〉
という冒頭から、ある種の幻惑と執着を抱かせるリリックが続き、シンプルながら中毒性のある構成に仕上がっている。
夜の都市、煙草、湿った皮膚――そんな情景が浮かぶ、退廃とエロスの詩。
No New Tale to Tell
1987年のアルバム『Earth, Sun, Moon』からのシングル。
アコースティック・ギターを基調としたフォーキーな一曲で、“すべては繰り返される”という諦観と希望が共存している。
柔らかなサウンドの中に、ポストパンク的な距離感と哲学性が滲み、バンドの成熟を感じさせる名曲。
Haunted When the Minutes Drag
デビュー作収録の長尺トラック。
リバーブが深くかかったギターとドローン的なリズムが、無機質な時間の流れと内面の空洞を描写する。
ミニマルでありながら、聴くほどに心の深部へ沈んでいくような不穏な美しさを持つ。
アルバムごとの進化
『Seventh Dream of Teenage Heaven』(1985)
サイケとゴスの融合を見事に体現したデビュー作。
深いエコー、美しいメロディ、幻想的なリリック――まさに“10代の夢”を音にしたような一枚。
「Haunted When the Minutes Drag」など、時間感覚を溶かすような構成が印象的。
『Express』(1986)
よりアグレッシヴでダンサブルな方向性に進化。
轟音とビートの融合に挑戦し、ギターノイズとリズムマシンのバランスが絶妙。
アート性とエネルギーが共存したバンド初期のピーク。
『Earth, Sun, Moon』(1987)
アコースティックを前面に押し出し、より内省的かつフォーキーな作風に。
牧歌的なサウンドの中に、スピリチュアルなテーマや哲学的モチーフが散りばめられている。
「No New Tale to Tell」や「Waiting for the Flood」など、柔らかいが深みのあるトラックが並ぶ。
『Love and Rockets』(1989)
「So Alive」を収録し、バンドが世界的ブレイクを果たしたアルバム。
音楽的にはよりコンパクトでポップな構成へと移行しつつ、サイケデリックな余韻は健在。
影響を受けたアーティストと音楽
The Velvet Underground、David Bowie、T. Rexといったグラム/アートロックの影響に加え、Syd BarrettやBrian Eno的なサイケデリア、クラウトロック(特にCanやNeu!)の反復性が顕著に見られる。
また、Bauhaus時代のゴス的暗黒美学も根底には残っており、それが彼らの“耽美なポップ”を成立させている。
影響を与えたアーティストと音楽
後のオルタナティヴ・ロック勢、特にJane’s Addiction、Nine Inch Nails、Placeboといった“美と破壊のはざま”を歩くバンドたちに、Love and Rocketsのサウンドは強く影響を与えている。
また、90年代以降のシューゲイザー/ドリームポップの文脈でも、彼らの“浮遊感と陰”の組み合わせは再評価されている。
オリジナル要素
Love and Rocketsは、“ポスト・ゴスの新たな可能性”を提示したバンドである。
闇にとどまらず、光に触れながら、しかし決して安易な明るさに逃げない――そのバランスが独特だった。
さらに、サイケ、フォーク、グラム、ポップ、エレクトロといったジャンルを、決して“雑多”にはせず、統一感をもって鳴らせる手腕は特筆すべきものである。
まとめ
Love and Rocketsは、1980年代から90年代への移行点において、“退廃の美”と“再生の夢”をひとつの音楽に閉じ込めた。
その音楽は、夜と朝、希望と絶望、愛と無関心のあいだで揺れている。
静かに耳を澄ませば、そのノイズの中に、誰もが一度は見た“ティーンエイジの夢”が、まだ生きているのがわかるだろう。
それこそが、Love and Rocketsの本質なのだ。
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