Lou Reed Vicious(1972)楽曲解説

1. 歌詞の概要

「Vicious(ヴィシャス)」は、Lou Reedルー・リード)が1972年に発表したセカンド・ソロ・アルバム『Transformer』のオープニングを飾る楽曲であり、毒とユーモア、軽快なポップセンス、そして都会的な退廃美が凝縮されたロックンロール・ナンバーである。

タイトルの「Vicious」は「意地悪な」「残忍な」「手厳しい」などの意味を持つが、この曲における“ヴィシャス”さは単なる暴力性ではない。
ルー・リードはここで、恋人の攻撃性、感情の不安定さ、冷笑的なふるまいを、皮肉と愛を込めて描いている。歌詞では、「アイスクリームのように僕を叩いてよ」や「花で僕を叩いてよ」といった暴力と柔らかさが同居する比喩が登場し、意味不明なようでいて、感情の複雑さや矛盾を直感的に伝えてくる

この曲は、ルー・リードの独特なユーモア感覚とシニシズム、そして都会的でクールな退廃ロックの精神を象徴しており、『Transformer』というアルバム全体の美学を冒頭から決定づけるような存在感を放っている。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Vicious」は、ルー・リードがアンディ・ウォーホルと交わしたちょっとした会話からインスピレーションを得たと言われている。
ルーがウォーホルに「どんな曲を書こうか?」と尋ねたところ、ウォーホルはこう答えたという:

「ヴィシャスな曲を書いてみたら?たとえば“アイスクリームのように殴ってくれ”みたいな感じで」

このやりとりが、そのまま曲の冒頭ラインになったとされている。ウォーホル的なポップアートの発想がそのまま音楽に転化されており、ルー・リードとウォーホルの芸術的交流の一端が感じられる逸話でもある。

また、この楽曲は、アルバム『Transformer』全体をプロデュースしたデヴィッド・ボウイとミック・ロンソンによって磨き上げられたサウンドが特徴的で、軽やかなギターリフとスカしたヴォーカルが絡み合い、毒を含んだポップの傑作となっている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元:Genius Lyrics – Lou Reed “Vicious”

Vicious
You hit me with a flower

意地悪な君
花で僕を殴った

You do it every hour
Oh baby, you’re so vicious

毎時間そうするんだよ
ああ、君ってほんとに意地悪だね

このラインは、暴力と優しさ、冷酷さとロマンチックさが共存する比喩の連続であり、リードらしい倒錯した愛の描写となっている。

You want me to hit you with a stick
But all I’ve got is a guitar pick

君は棒で叩いてほしいって言う
でも僕が持ってるのはギターピックだけさ

ここには、暴力を望む愛と、音楽でしか応答できない語り手のアイロニーが描かれている。リードはここで、感情の非対称性とコミュニケーションのズレをユーモラスに歌い上げている。

You’re just so vicious
I’m not afraid of you

君はほんとに意地悪だ
でも僕はもう怖がらない

この部分は、愛情と恐怖が入り混じる人間関係のダイナミズムをシンプルに描いている。リードの語りは冷静だが、その裏には複雑な感情の炎がくすぶっている。

4. 歌詞の考察

「Vicious」は、恋愛の暴力性と愛らしさ、倒錯とユーモアが同居する都市型ロックの典型例であり、ルー・リードの作詞術の妙が随所に光る楽曲である。

“花で殴る”というフレーズから始まり、“棒で叩いてほしい”というリクエストへと続くこの歌詞は、単なる倒錯的ファンタジーではない。
むしろ、感情の通じなさや、自傷的な愛情関係、表面的な暴力性の裏にある傷つきやすさが、皮肉とともに描かれている。
リードはこうした**“壊れた感情”を突き放すことなく、乾いた視線で肯定的に描写することができた希有なソングライター**である。

また、この曲の真価は、そのシンプルな構成と軽快なサウンドにある。中毒性のあるギターリフ、浮遊するようなヴォーカル、そして気だるさのなかに隠された緊張感。
すべてが、1970年代初頭のニューヨークの空気感=退廃と官能と諦念のミックスを体現しており、それがこの曲を“ただの皮肉ソング”に終わらせていない理由である。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Personality Crisis” by New York Dolls
    同時代のニューヨーク・グラムロックを代表する、アイロニカルでエネルギッシュな楽曲。

  • Queen Bitch” by David Bowie
    ルー・リードへのオマージュでもある、ボウイによる退廃ポップの傑作。

  • Sweet Jane” by The Velvet Underground
    恋愛と都会のリズムを軽やかに歌い上げた、リードの初期代表作。

  • “Pump It Up” by Elvis Costello
    感情とエネルギーが爆発するパンキッシュなナンバー。愛と怒りの交錯。

  • Psycho Killer” by Talking Heads
    狂気と冷静、ポップと不安が同居する知的ロック。

6. “軽快な暴力”──愛のアイロニーを奏でるルー・リードの開幕宣言

「Vicious」は、アルバム『Transformer』の冒頭にふさわしい、**ルー・リード流の“自己紹介ソング”**である。
それは、「僕の音楽は美しいけれど痛みを孕み、ユーモラスだけど毒を含んでるよ」とリスナーに語りかけるような、鮮烈な第一声だ。

この曲の美しさは、“意地悪さ”をユーモアと詩に変え、愛の混乱を音楽に昇華した点にある。
軽やかに笑いながら、人間関係の本質に切り込んでいくこの曲こそが、ルー・リードというアーティストの魅力を象徴している。

「Vicious」は、花で殴り合うような愛の倒錯と快感をロックで描いた、皮肉でクールなラブソングであり、ニューヨークの退廃を優雅に鳴らす開幕曲である。

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