Long Gone by Phum Viphurit(2017)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Long Gone」は、タイ出身のシンガーソングライター Phum Viphurit(プム・ヴィプリット) が2017年にリリースしたデビューアルバム『Manchild』に収録された楽曲であり、彼のキャリアの幕開けを飾る重要な作品です。この曲は、Phumらしい甘く軽快なギターワークと、ソウルフルな歌声、そして哀しみを内包したリリックが絶妙に融合した、センチメンタルなラブソングです。

「Long Gone」というタイトルが示す通り、歌詞のテーマは“去っていった人”への想い、つまり別れとその余韻です。しかし、それを声高に嘆くのではなく、過ぎ去った恋を懐かしみながらも受け入れようとする静かな成熟が感じられる作品となっています。

歌詞には、愛を失ったことへの悲しみ、後悔、そしてそれを乗り越えようとする意志が描かれており、Phum独自の穏やかなメロディーとともに、聴く者の心にじんわりと染み込むような感情の波が広がります。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Long Gone」は、Phum Viphuritが19歳のときに制作した楽曲であり、彼がタイのインディー音楽シーンに登場した際の“はじまりの歌”ともいえる存在です。彼はニュージーランドで育ち、英語で音楽を作り始めたバックグラウンドを持っており、その英語詞は自然体で、グローバルポップの中で違和感なく響く表現力を持っています。

この曲は、彼がかつて交際していた相手との別れの記憶から生まれたもので、「“愛すること”と“失うこと”を初めて経験したときの心情をそのまま閉じ込めた」と本人も語っています。音楽的にはインディーフォーク、ネオソウル、ドリームポップといった要素を取り入れ、ゆったりとしたテンポと淡いサウンドスケープの中に、成熟した感傷を織り込んでいます。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に「Long Gone」の印象的な歌詞を抜粋し、日本語訳を併記します。引用元:Genius Lyrics

“It’s been a while since I saw you / Just the other day I thought I saw you”
君を見かけてから、もうずいぶん経った/この前ふと、街で君を見かけた気がした

“But it was just someone who looked like you”
でもそれは、君に似た誰かだっただけ

“You were long gone / You were long gone”
君はもう遠くへ行ってしまった/もう、とっくにいなかったんだ

“I try to move on / But you’re the only one I want”
前に進もうとしてるけど/今でも君だけが恋しいんだ

“Please don’t go / I’ve been waiting for so long”
行かないで/こんなに長く待っていたのに

4. 歌詞の考察

「Long Gone」は、別れを受け入れようとするプロセスと、その中で揺れ動く感情を非常に繊細に捉えた楽曲です。最初のラインで語られる「君を見かけた気がしたけれど、ただの見間違いだった」という描写は、記憶と現実のあいだで錯覚する心の迷いを象徴しています。

その後も繰り返される「You were long gone(君はもうずっといなかった)」というフレーズは、自分に言い聞かせるような響きを持ち、恋人がいなくなった現実をようやく受け入れようとしている過程を物語っています。そして「I try to move on(前に進もうとしてる)」という一節には、傷ついた心が少しずつ癒されつつある様子がにじみます。

しかし一方で、「You’re the only one I want(今でも君が欲しい)」と続くあたりに、過去の記憶に縛られている未練と揺れが見て取れます。この矛盾した感情の共存こそが、「Long Gone」の核にあるテーマであり、悲しみを全面に出すのではなく、静かに抱えながら進もうとする姿勢が、Phumの成熟したソングライティングの光る部分です。

メロディーの柔らかさと歌声の繊細さも相まって、楽曲全体には**“失った愛に向ける優しい眼差し”**が宿っています。去っていった相手を恨むでもなく、執着するでもない。ただ、「もういないこと」を認めることが、大人になることなのかもしれない——そんな哲学的な余韻さえ残す作品です。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Tadow” by Masego & FKJ
    ジャズやソウルを基調としたメロウなグルーヴと即興性が心地よい。

  • Best Part” by Daniel Caesar feat. H.E.R.
    切ない愛と穏やかなアコースティックサウンドが調和する極上のラブソング。

  • “Bored” by Billie Eilish
    関係の終わりに感じる虚無感と、その後の再出発の曖昧さを描いたバラード。

  • “Pretty Boy” by Joji
    距離感と心の壁をテーマにした、ゆるやかでエモーショナルなナンバー。

  • “Peach” by Kevin Abstract
    過去と現在のあいだに揺れる青春のメモリーを描く、感傷的ポップ。

6. “静かな別れ”の美学:Phum Viphuritが奏でる成熟のセンチメント

「Long Gone」は、Phum Viphuritというアーティストが持つ成熟した感受性と抑制された表現力が見事に結実した楽曲です。彼は、失恋という普遍的なテーマを、決してドラマチックにせず、静かで控えめな語り口で描くことで、聴き手自身の記憶や感情を引き出すことに成功しています。

この曲における“別れ”は、涙や怒りの対象ではなく、静かに背を向けていくための通過点です。そしてその通過の中で、少しずつ心が変化していく様子を、Phumは見つめ続けているのです。彼の歌声とギターは、悲しみを否定せず、むしろその悲しみの中にあるやさしさをそっとすくい上げてくれます。

だからこそ、「Long Gone」はただの失恋ソングではなく、ひとりの人間が別れを通して成長していく記録でもあります。別れたあとでも相手を愛せること、傷ついたあとでも前に進めること。それを教えてくれるこの曲は、感情を整える静かなセラピーのような存在として、多くの人の心に残り続けるでしょう。

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