アルバムレビュー：Lift by Love and Rockets

発売日: 1998年10月13日
ジャンル: エレクトロニカ、ビッグビート、トリップホップ、オルタナティブ・ダンス

概要
全曲レビュー
総評
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概要

『Lift』は、Love and Rocketsが1998年にリリースした7作目のスタジオ・アルバムであり、最終作にして、最も大胆な“クラブ・カルチャー”への接近を果たした、電子音響的実験の到達点である。

前作『Sweet F.A.』ではギター中心のグランジ〜ロック回帰を見せたが、本作では完全に方向転換。
The Chemical BrothersやUnderworld、Massive Attackといった90年代のビッグビート／トリップホップ勢と並走するようなサウンドを導入し、Love and Rocketsは“踊るロック”へと進化する。

制作には再びDaniel Ash、David J、Kevin Haskinsの3人が参加し、さらに90年代ロサンゼルスのクラブシーンの熱量が注入されたことで、
グラムとサイケとクラブ・カルチャーが融合する異形のダンス・ミュージックが誕生した。

その一方で、歌詞のテーマは常に**自己超越、愛と肉体、天上への浮遊＝”Lift”**を掲げており、Love and Rocketsらしいスピリチュアルな哲学は変わっていない。

結果的にこのアルバムは、彼らのスタジオ作としては最後の作品となる。

“終わり”ではなく“上昇”というタイトルを冠したことこそ、Love and Rocketsの音楽人生の象徴的締め括りだったのかもしれない。

全曲レビュー

1. R.I.P. 20 C.

静かなアンビエントで幕を開けるイントロダクション。

“20世紀よ、安らかに眠れ”というタイトルが示すように、時代の終焉と脱構築を高らかに告げる音の弔辞である。

ノイズとパッドの層が、すでにこの作品が“クラブ・ロック”に収まらないスケールであることを予感させる。

2. Holy Fool

前作『Hot Trip to Heaven』にも登場した楽曲の再構成。

よりダンサブルでビート感のある構成にリミックスされており、クラブの照明の下で響く現代の聖者＝“Holy Fool”の賛歌として再解釈されている。

民族音楽的リズムとシンセの絡みが中毒性を持つ。

3. Resurrection Hex

本作最大のハイライトであり、Love and Rockets史上最もクラブ志向が強い楽曲。

ビッグビートの手法を大胆に取り入れたサウンドは、The ProdigyとBauhausが交配したような異形のダンス・ゴシックと化している。

「復活の呪文」というタイトル通り、破壊と再生を繰り返す音の儀式。

4. California (Has to Be) The Last Song

一転して、アコースティック・ギターと柔らかい電子音が交錯する美しいスロウ・バラード。

「カリフォルニアで終わりを迎えよう」という詩的な内容は、Love and Rockets自身の終幕を仄めかしているかのよう。

夕暮れのビーチに漂うような、甘くて切ない余韻が残る。

5. Deep Deep Down

タイトル通り、内省的で潜行するようなビートと囁き声のヴォーカル。

ミッドテンポのこの曲では、音の層の深さとリズムの反復によって、感情が沈み込んでいくような感覚を創出。

ドラッグ体験的なトランス性を感じさせる。

6. My Drug

サンプリングとサイケデリック・ギターの断片が絡む、“愛は麻薬”という古典的テーマを現代的音響で解体する実験作。

グラム時代のDaniel Ashの官能性と、エレクトロの機械的冷たさが絶妙に交錯している。

ビートは強くないが、静かに高揚する楽曲。

7. Words of a Fool

三度目の登場となる本曲。

ここではアシッドジャズ的グルーヴとソウルフルなヴォーカルが融合し、過去作と全く異なる表情を見せる。

Love and Rocketsにとっての「愚者の言葉」は、もはや真理を託されたマントラのような響きを帯びる。

8. Bad for You

タイトル通り、破滅的で背徳的なニュアンスを漂わせたビートトラック。

重低音と変調ボイスの波が続き、肉体と音響の境界が曖昧になっていくような中毒性を持つ。

ダンスフロア向けというより、意識の中で踊るための音楽。

9. Spiked

ダブとドローンが混ざり合った、ポスト・レイヴ的なハイブリッド・チューン。

聴き手の神経系に直接訴えかけるようなトラックであり、“ハイになった意識の断片”のような構成がスリリング。

タイトルの“Spiked（盛られた）”という言葉通り、陶酔と違和感が共存する。

10. Sweet Lover Hangover

前作からの続投。トリップホップ風のグルーヴとスモーキーな女性コーラスはそのままに、
全体のミックスがリフレッシュされ、このアルバムのエロティックな側面を代表する存在となっている。

愛の多幸感と虚無を同時に内包した現代的ラブソング。

総評

『Lift』は、Love and Rocketsがクラブ・カルチャーを自己流に咀嚼し、過去のバンド文脈とは完全に切り離された音楽世界を提示したラスト・アルバムである。

それは単なるエレクトロ化ではなく、
**グラム、サイケ、ゴス、アンビエントといった彼らの歩んできた音の記憶が、電子音響の中で再構築される“意識の地層”**のような作品であった。

『Lift（上昇）』という言葉に込められたのは、終わりではなく、
軽やかに全てを手放し、音楽の波の中で“上へ行く”という、ロックバンドとしての美しい脱皮だったのだろう。

この作品をもって、Love and Rocketsは20年以上のキャリアに静かに終止符を打つ。
そのラストステートメントは、驚きに満ち、そしてどこか神聖ですらある。