1. 歌詞の概要
「Let Her Go」は、マック・デマルコが2014年に発表したセカンド・アルバム『Salad Days』に収録されている楽曲で、シンプルでリラックスしたサウンドに乗せて、恋愛における「手放すこと」の意味を軽やかに描いたナンバーである。
歌詞の中心にあるのは、「彼女を自由にしてやれ」というメッセージ。主人公は、何らかの理由で恋愛関係がうまくいかなくなった状況に直面しつつも、強引に関係を続けようとはしない。むしろ、自分にとっても彼女にとっても、それがベストな道であることを静かに認めている。その潔さと寛容さには、未練や執着といった感情を超えた“やさしさ”がにじみ出ている。
とはいえ、この曲は決してドライな別れの歌ではない。語り手は自身の心の揺れや戸惑いを正直に見せながら、だからこそ「Let her go(彼女を行かせてやろう)」という言葉に、ある種の覚悟と悲しみを込めている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Salad Days』は、マック・デマルコがインディー・スターとして一気に注目を集めたあとに発表した作品であり、アルバム全体に「変化」や「老い」「時間の経過」といったテーマが繰り返し登場する。その中にあって「Let Her Go」は、彼の恋愛観がより成熟し、“誰かを愛すること=誰かの自由を認めること”という価値観が明瞭に現れている曲といえる。
またこの曲は、彼の恋人であり長年のパートナーでもあるKiera McNallyとの関係性とも重ねられることがある。実際に彼女はマックのキャリアにおいても、映像や写真などの面で協力をしており、単なる恋愛関係以上に創作的なパートナーでもあった。この楽曲が実体験にどこまで基づいているかは明言されていないが、デマルコ自身の人生観を反映した誠実な言葉選びが印象的である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、代表的なリリックの一部を抜粋し、英語と日本語の対訳を紹介する。
Tell her that you love her
彼女に愛してるって言ってやりなよIf you really love her
もし本当にそう思ってるならねBut if your heart just ain’t sure
でも、もし君の心が定まっていないならDon’t let her waste your time
彼女の時間を無駄にさせるなYou will be the fool
君が馬鹿を見ることになるんだよYou don’t want to hurt her
君は彼女を傷つけたくないはずだろDon’t let her go
だから、手放すべきなんだよ
出典:Genius – Mac DeMarco “Let Her Go”
4. 歌詞の考察
この曲の魅力は、なんといってもその率直な言葉遣いと、押しつけがましくない優しさにある。恋愛関係において、曖昧な気持ちを抱えたまま相手を引き止めることの残酷さ──それは多くの人が経験する現実だろう。「Let Her Go」は、そうした関係のグレーゾーンに対して、「自分の気持ちが揺れているのなら、彼女を自由にしてあげるべきだ」と語りかける。
注目すべきは、この歌が語り手本人の心情の吐露というよりも、「誰か」に向けたアドバイスの形をとっている点である。「Tell her that you love her」「Don’t let her waste your time」といった二人称での語りは、まるで親しい友人にそっと忠告するようなトーンである。それゆえにこの曲は、直接的な感情の爆発ではなく、共感と洞察の静かな連なりとして響いてくる。
また、「fool(馬鹿を見る)」という言葉の使い方も特徴的で、自己責任というよりは、「本当に大切なものを見失ってしまう」という意味合いを帯びている。つまり、“彼女を手放すことで救われるのは彼女だけではなく、君自身なんだ”という視点があるのだ。
マック・デマルコの声は終始柔らかく、曲全体もサイケデリックで曖昧なギターが揺れており、まるで“迷っている心”そのもののようだ。だからこそ、最後に繰り返される「Let her go」というフレーズは、ひとつの決断でありながらも、完全な終わりではなく“新たな関係のはじまり”のようにも聞こえてくる。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Still Together by Mac DeMarco
恋愛への不器用な誠実さがにじむ、アルバム『2』のラストを飾る名曲。 - This Old Dog by Mac DeMarco
成熟と優しさに満ちた自己受容の歌。ギターのゆらぎが似ている。 - To Be Alone With You by Sufjan Stevens
人との距離と愛の本質を静かに問いかける、フォーク的な名曲。 - Everybody’s Gotta Learn Sometime by Beck(カバー)
愛と別れのサイクルにおける学びを、切実に、でも優しく歌う。 - Don’t Let Me Go by Harry Styles
失うことへの恐れと祈りを、繊細な旋律で包んだバラード。
6. 「手放すことは、終わりではない」——愛の中にある静かな成熟
「Let Her Go」は、別れを語るラブソングでありながら、“相手のために引く”という選択を讃える、稀有な優しさに満ちた一曲である。ここで描かれているのは、恋人を放棄することではなく、愛するがゆえに、彼女に選択の自由と人生の余白を与えるという成熟のかたちだ。
マック・デマルコはこの曲で、感情を爆発させることなく、静かに、じわじわと染み込むような言葉を積み重ねている。まるで「失うこと」そのものに、何か価値があるようにすら感じさせる。愛は所有ではなく、共有である──そう信じる人にとって、「Let Her Go」は深い慰めを与えてくれる楽曲だろう。
別れの後にこそ残る、相手への感謝と敬意。
それを、ささやくように、けれど確かに伝えてくれるこの曲は、マック・デマルコというアーティストの感情表現の広さと深さを、静かに証明している。
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