発売日: 2021年8月6日
ジャンル: ハードロック、オルタナティヴ・ロック、ガレージロック
概要
『Lavatorium』は、Spongeが2021年に発表した8枚目のスタジオ・アルバムであり、長いキャリアを経たバンドがなおも“濁った日常”を吠え続ける姿を刻んだ、骨太なロック・アルバムである。
「Lavatorium（ラヴァトリウム）」というタイトルは“公衆トイレ”や“洗面所”を意味するラテン語で、清める場所であると同時に、汚れの象徴でもある。
この象徴的なタイトルが示すように、本作は現代社会の混沌、不快感、倦怠、そしてそれを笑い飛ばすようなブラックユーモアに満ちている。
音楽的には、Spongeの伝統的なガレージ・ロックと90年代的オルタナティヴ・サウンドが健在で、Vinnie Dombroskiの粘りつくようなヴォーカルと荒々しいギターサウンドが全編を貫く。
パンデミック以後の閉塞感と、過去30年のキャリアを逆照射するような“捨て身のロック”としての強度が漂っている。
全曲レビュー
1. Stitch
冒頭を飾るダークで重いナンバー。
縫い合わせた傷跡、修復不可能な関係性を描いたリリックが印象的。
サウンドは荒削りながらタイトで、アルバムのトーンを提示する導入。
2. Love Is Love
皮肉とともに愛を語るガレージ・パンク調の疾走曲。
ストレートな歌詞が逆に不気味さを際立たせる。
3. Socially Distant
パンデミック時代を意識したタイトル通り、“社会的距離”が象徴する孤独と不信がテーマ。
不穏なギターリフと反復的なフレーズで、閉塞感を音に封じ込めている。
4. Doom and Gloom
70年代ハードロック風のギターと、今の不安が共鳴する楽曲。
この時代における“日常的破滅”の感覚を、ユーモラスかつシニカルに表現。
5. Catastrophizer
タイトルがすでにネガティヴな予感を含む一曲。
物事をすべて最悪に考える“カタストロファイザー”という造語が、そのまま現代人の不安を体現している。
6. Kind of a Girl
アルバム中でもっともキャッチーでラジオ向けな一曲。
恋愛と皮肉、軽快さと焦燥が共存する。
7. Lavatorium
タイトル曲にして最も不穏で暴力的な楽曲。
洗い流すことの無意味さ、汚れた現実をそのまま受け止めることの強さが歌われている。
8. Life Ain’t Enough
人生は十分ではない、という虚無的テーマを堂々と掲げたミッドテンポ・ロック。
ギターのリフレインが物語るように、“不満足”を肯定する哲学がにじむ。
9. Jump While the House Is on Fire
「家が燃えてる間に飛べ」というパンク的な哲学が込められた一曲。
混乱の中でこそ行動せよ、という前向きとも破滅的とも取れるメッセージ。
10. If It Makes You Happy (Sheryl Crow カバー)
本作の最後に配された異色のカバー曲。
原曲の感傷を残しつつ、よりざらついたトーンで再構成。
“幸せにするならそれでいい”という言葉が、Spongeの文脈では逆説的に響く。
総評
『Lavatorium』は、Spongeというバンドが単なる懐古主義に陥ることなく、現代社会のカオスと誠実に向き合ったアルバムである。
その音は相変わらずラフで直線的だが、そこに込められた“疲弊した現代人の声”には重みがある。
パンデミック後の世界で、多くの人が感じる不安、孤独、虚無、無意味さ——それらにロックという“出口のない叫び”で向き合うSpongeの姿勢は、決して古くさくも時代遅れでもない。
むしろ、今だからこそ響く、粗くて生々しい“ノイズのような真実”がここにある。
この作品は、音楽的革新性というよりは“誠実な継続”によって成り立っており、90年代を知る者には懐かしさを、今を生きる者には共鳴を与える。
『Lavatorium』は、現代における“大人のロック”のあり方を静かに、しかし力強く提示している。
おすすめアルバム（5枚）
- Melvins / Working with God
粗削りなノイズと不条理なユーモアが共通。Spongeの荒れた美学に共鳴。 - Local H / Lifers
パンデミック時代の閉塞と怒りを鳴らす現役ロックバンドの名盤。 - Helmet / Dead to the World
骨太なギターサウンドと社会的メッセージのバランスが似通う。 - The Bronx / The Bronx (V)
パンクとガレージを融合した現在進行形のラウドロック。テンションが近い。 -
Pearl Jam / Gigaton
ベテランバンドによる現代社会への反応作。内容的・精神的に強い親和性。
制作の裏側（Behind the Scenes）
『Lavatorium』は、パンデミック下での閉塞感を抱えながら、地元デトロイトのスタジオで制作された。
Vinnie Dombroskiは本作について「これは俺たちのストレス発散でもあり、記録でもある」と語っており、実際に即興性の強いレコーディングと、余分な編集を排した一発録り感が特徴的である。
制作過程ではリモートと対面を組み合わせた柔軟な手法が用いられ、物理的距離を超えた“バンドの一体感”が表現されたことも特筆に値する。
Spongeはこのアルバムで、“壊れそうな現実”を壊れたまま記録することに成功している。
それは、時代がどれだけ変わっても“ロックとは何か”を問い続ける者たちの、静かな叫びでもあるのだ。
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