楽曲概要
「Lasut Nyanggut」は、インドネシアのサーフ・ガレージバンドThe Panturasが2023年のアルバム『Ombak Banyu Asmara』に収録した楽曲であり、彼らの持つユーモアと社会観察眼、そして“海”という象徴世界を貫くアート性が凝縮された一曲である。
タイトルの「Lasut Nyanggut」はインドネシア語で、直訳すると「針に引っかかった縫い目」のような意味合いを持ち、漁や釣りの場面を想起させる表現でありながら、比喩的には“思いがけず心を引っかけられた”という情感をも内包している。
海に関わる日常の風景をモチーフにしながらも、歌詞は恋愛、政治、日常のもつれまでも射程に入れており、The Panturasらしい軽妙さと社会性が共存したリリックが魅力である。
歌詞の深読みと文化的背景
“nyanggut”という単語には、釣り針にかかる、あるいは何かが引っかかるという意味がある。
本楽曲では、恋愛や過去の出来事、あるいは言葉にならなかった感情が“思いがけず引っかかってしまう”瞬間を描き出している。
その中で描かれるのは、インドネシアの港町での生活風景や、庶民の持つ感情の機微であり、ロマンチックでありながらどこか生活感のにじむ詩世界。
「kau tak sadar kailku tertancap di hatimu（君は気づいてないけど、僕の釣り針は君の心に引っかかってる）」といったフレーズは、ユーモラスでありながらどこか切実で、都会的でありながらフォークロア的でもある。
音楽的特徴
イントロから響くヴィブラートのかかったギターは、The Shadowsやベンチャーズを思わせるクラシカルなサーフサウンドをベースに、東南アジアらしい旋律美が加わっている。
リズムはスキップするような軽快さを持ち、パーカッションには民族音楽の影響が感じられるトーンも混ざる。
ヴォーカルは語り口調に近く、サーフ・ロックの形式にインドネシアの“パンチョラン（語り唄）”的伝統が重ねられたような構成となっている。
コール＆レスポンスやオルガン風のシンセが入り込むセクションでは、まるでローカルフェスのような祝祭感すら漂う。
楽曲内での役割
アルバム『Ombak Banyu Asmara』において「Lasut Nyanggut」は、全体のテーマである“海＝感情の舞台”という枠組みの中で、ユーモアと詩性、そして少しの皮肉を担う重要なトラックとなっている。
前作『Mabuk Laut』に比べて感傷的で詩的な傾向が強まった『Ombak Banyu Asmara』において、本曲はあえて軽やかで風通しの良いアレンジを施すことで、アルバム全体のリズムと奥行きを生み出している。
総評
「Lasut Nyanggut」は、The Panturasがローカル文化とグローバルな音楽性を軽やかに融合させた好例であり、“海”をキーワードに、恋愛と日常、そして人生の不意打ち的な側面までも音に変えたユニークな作品である。
それは単なる“釣りの比喩”にとどまらず、思いがけず心に引っかかる感情、忘れたつもりの記憶、言いそびれた言葉をすくい上げる、ちいさなポエジーなのだ。
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