発売日: 1975年9月**
ジャンル: クラウトロック、アートロック、エクスペリメンタル・ロック
着地した彼らは、どこへ向かったのか——Can流ポップと混沌の均衡点
『Landed』は、1975年にリリースされたCanの7作目のスタジオ・アルバムであり、彼らが“グルーヴと実験”のあいだで見出した、新たな音楽的バランスを体現した作品である。
タイトルの“Landed（着地した）”には、それまでの“空中分解寸前の音響航海”を経たのち、ようやく“地に足をつけた”Canの姿という含意が込められている。
ただし、この“着地”とは、一般的な安定や収束を意味するものではない。
むしろ本作では、より洗練されたサウンド・プロダクションと構造的な明快さを導入しながらも、
その内側には、これまで以上に不穏で異物感に満ちたカオスが脈打っている。
全曲レビュー
1. Full Moon on the Highway
Canにしては異例なほどキャッチーで、アップビートなオープニング。
ファンキーなドラム、シンコペーションの効いたベース、軽快なギターリフが絶妙に噛み合い、Can流“クラウト・ディスコ”とでも言うべきナンバーに仕上がっている。
ヴォーカルも非常に前面に出ており、ポストパンク以降の耳にも馴染む完成度。
2. Half Past One
美しいピアノと、ノスタルジックな雰囲気をたたえたミッドテンポの佳曲。
Canにしては珍しく、ある種のメランコリーや叙情性が強調された構成。
空気の揺らぎのように響く音像が、“日常にひそむ夢”のような世界を作り出している。
3. Hunters and Collectors
タイトル通り、原始的なリズムと儀式的反復が支配するプリミティヴなグルーヴ・ナンバー。
ギターとパーカッションが無意識的に絡み合い、反復がトランス的効果を生む。
後のインダストリアル・ロックやノーウェイヴにも先駆する音響的試み。
4. Red Hot Indians
こちらもリズム主体だが、ややフリージャズ的なアプローチが感じられる。
異国的スケールを思わせる旋律と、躍動感あふれるドラム・ワーク。
タイトルが示すとおり、ある種の“想像上の民族音楽”を模したような、Can特有の文化的錯乱と遊戯性。
5. Verification
中盤のインストゥルメンタル・パートで、幾何学的に組み立てられたサウンド構造が印象的。
ベースとドラムが細かく動く中、ギターとキーボードが交錯しながら微細な変化を重ねていく。
機械的でありながら、どこか人間的な不確実さが滲む、奇妙に“生きている”音楽。
6. Abzug
本作でもっとも抽象的かつ不気味なインストゥルメンタル。
不安定なハーモニーと不規則なパルス、加工された音素材が、無重力の空間を構築する。
まるで思考のノイズだけを抽出したようなサウンド・コラージュ。
7. Quantum Physics（リプライズではなく、本作独立のテイク）
アルバムの締めくくりにふさわしい、サイケデリックで深層的な静寂。
タイトルが示すとおり、音の“粒子性”をテーマにしたかのような構成で、
聴く者の知覚と空間認識をゆるやかに溶解させていく。
『Soon Over Babaluma』の余韻を引き継ぎつつ、より物質的な響きが加わっている。
総評
『Landed』は、Canが“曲”と“音響体験”の中間にある曖昧な領域を模索した作品である。
キャッチーなビートや旋律が前に出ることで一見聴きやすくなったように見えるが、
その実、構造の中には微細な混沌と不安が緻密に埋め込まれており、反復の裏側では絶えず“崩壊”が進行している。
Canが着地した先は、やはりどこか地上ではなく、別の次元だった。
そしてその次元は、のちのポストパンク、エレクトロ、クラブミュージックにとっての“土台”となる領域だったのである。
おすすめアルバム
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David Bowie『Low』
Can的実験性とポップが融合した代表作。特にB面のアンビエント構成は近い。 -
Brian Eno『Another Green World』
構造と音響の“間”を探る知的ポップ。Canの音楽哲学と共鳴する。 -
This Heat『This Heat』
音の政治性とアヴァンギャルドの極北。Canの系譜を過激化させた音響の継承者。 -
The Fall『Hex Enduction Hour』
ポストパンクにおけるCanのグルーヴの解釈。歪んだ反復の美学。 -
Mouse on Mars『Iaora Tahiti』
90年代ドイツ発のエレクトロ・ポップ。Canの遊戯性とビート感の現代的アップデート。
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