Kyoto by Phoebe Bridgers(2020)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Kyoto」は、アメリカのシンガーソングライター、**フィービー・ブリジャーズ(Phoebe Bridgers)**が2020年にリリースした2作目のアルバム『Punisher』に収録された楽曲であり、同アルバムを代表するシングルのひとつです。

この楽曲のタイトル「Kyoto」は日本の都市“京都”を指していますが、それは主にツアー先での“異国の孤独感”家族(特に父親)との複雑な関係性を照らす象徴として用いられています。ブリジャーズは京都滞在中にこの曲を書き始め、物理的にも精神的にも“遠く離れた場所”にいることで、逆に自分のルーツや感情に対して新たな角度から向き合うことができたと語っています。

歌詞の核にあるのは、家族、特に父親に対する愛と怒りが入り混じったアンビバレントな感情です。それを軽快で風通しの良いメロディに乗せることで、重たいテーマでありながら、どこか清々しさと皮肉が共存する独特のトーンを生み出しています。

2. 歌詞のバックグラウンド

「Kyoto」は、Phoebe Bridgersが2019年に実際に日本をツアーで訪れた際に経験した心情をもとに書かれました。観光客として京都の寺院を歩きながらも、精神的にはまったく落ち着いていなかったという彼女の言葉どおり、この曲には外界との断絶感、内面の混乱、そして個人的な関係の葛藤が深く刻まれています。

彼女はインタビューで、「この曲は父親との複雑な関係を描いたもの」だと明言しており、その父親は精神的に不安定で、長年ブリジャーズとの関係も断続的だったと言われています。2022年には彼女の父親が他界し、この曲はより一層、未解決の感情を抱えたまま生きることの象徴的な作品として意味を深めました。

音楽的には、それまでのブリジャーズ作品と比べてよりアップテンポで開放的なアレンジが特徴で、管楽器セクションやリバーブを効かせたギターが**“現実逃避的な高揚感”**を演出しています。彼女自身は当初バラードとして構想していたものの、結果的に「ポップで明るい曲調にすることで、むしろ感情がより鮮明になった」と語っています。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Kyoto」の歌詞から印象的な部分を抜粋し、和訳を併記します。引用元:Genius Lyrics

“Day off in Kyoto / I got bored at the temple”
京都でのオフの日/お寺で退屈してしまった

“He said you called on his birthday / You were off by like ten days”
父は「君から誕生日に電話があった」と言った/でも日付は10日ぐらいズレてた

“I don’t forgive you / But please don’t hold me to it”
あなたを許していないけど/でもそれを責めないでほしい

“I wanted to see the world / Through your eyes until it happened”
あなたの目を通して世界を見たいと思ってた/それが起きるまではね

“Guess I lied / I’m a liar / Who lies”
やっぱり嘘をついた/私は嘘をつく嘘つき

4. 歌詞の考察

「Kyoto」は、他人と過去に向けての“矛盾する感情”をいかに受け止めて生きていくかというテーマを、非常に繊細かつストレートに描いた楽曲です。とりわけ父親に向けられる愛情と怒り、未練と拒絶のあいだで揺れる感情は、多くの人が共感し得る“家族という避けがたい関係性”の複雑さを映し出しています。

「誕生日に電話があった」と語る父に対して、実際は日付が大きく違っていたという描写は、父の記憶の曖昧さと、それに苛立ちを覚える娘の視点を巧みに対比させています。また、「許していないけど、責めないで」といったフレーズには、自分の中にある矛盾と、それでも続いていく人生への諦めに近い優しさがにじみます。

「I’m a liar who lies」という自己批判的なフレーズは、自己嫌悪の中にある透明な真実の告白でもあり、リスナーにとっても「誰かを責めきれず、自分も責めてしまう」ような経験と重なる瞬間があるでしょう。

音楽的には明るいテンポとホーンセクションがこの悲しみを包み込み、まるで「明るく見せることで心の重さをなんとか浮かせようとしている」ような効果を生んでいます。これは、Phoebe Bridgersが得意とする**“メロディーと感情のギャップによる逆説的な共鳴”**の典型であり、聴く者にさまざまな感情の層を意識させる手法となっています。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Motion Sickness” by Phoebe Bridgers
    同じく個人的な傷と感情の混乱をテーマにした、辛辣で繊細な別れの歌。

  • “Family Line” by Conan Gray
    家族関係に残る心の傷と、それでも愛してしまう苦しみを描いたバラード。

  • “All Too Well (10 Minute Version)” by Taylor Swift
    過去の恋愛や家族的な情景を詳細に描き、感情のゆらぎを詩的に綴る長編ソング。

  • “Funeral” by Phoebe Bridgers
    死、喪失、自分の小ささを実感する瞬間を、静かに語りかけるように歌ったバラード。

  • “Clementine” by Halsey
    幼少期や父親との関係が作った自己像とその苦悩を象徴的に描いたポエティックな楽曲。

6. フィービー・ブリジャーズが描く“矛盾する愛”のかたち

「Kyoto」は、親子という逃れられない関係の中で生まれる感情の揺らぎを、これ以上なく率直かつ鮮やかに表現した名曲です。親を愛しているはずなのに許せない。距離を取りたいのに、結局はその影に縛られてしまう。そんな**“愛と怒りの共存”**という極めてリアルで個人的な感情を、ブリジャーズは決してドラマチックに叫ぶことなく、静かな語り口と淡々としたユーモアで届けています。

この曲の魅力は、心の傷や未整理の感情を抱えたままでも、「それでいい」と言ってくれるような柔らかさにあります。完璧な関係を望むのではなく、不完全なままでも進む——そんな新しい“感情の成熟”のかたちが、「Kyoto」には示されています。

そして私たちはこの曲を聴くことで、もしかしたら誰かを完全に許せなくても、自分自身を少しだけ赦すことができるのかもしれません。フィービー・ブリジャーズは、そうした矛盾と共存する人生の美しさを、たった数分の音楽で見せてくれるのです。

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