1. 歌詞の概要
「Kundalini Express(クンダリーニ・エクスプレス)」は、Love and Rocketsが1986年にリリースした2ndアルバム『Express』に収録された代表曲であり、彼らのサイケデリックでスピリチュアルな探求心が前面に押し出されたナンバーである。
タイトルにある「Kundalini(クンダリーニ)」とは、ヒンドゥー教やタントラ哲学に由来する概念であり、人間の背骨の根元に眠る“霊的な生命エネルギー”を指す。これが覚醒することで、悟りや至高の意識へと至るとされる。Love and Rocketsは、この神秘思想を「エクスプレス=特急列車」というポップでスピード感のあるイメージと結びつけ、“精神的な目覚め”をロックンロールという乗り物に乗せて描くという独自の美学を展開している。
歌詞全体は抽象的でありながら、スラングや象徴が巧みに配置され、セックス、スピリチュアリティ、サイケデリックな恍惚感が等価で語られる。「Kundalini Express」は、肉体と精神、速度と瞑想、欲望と解脱といった対立概念をダンスビートの中で融合させようとする、きわめて野心的なロック・アンセムなのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
Love and Rocketsは、ポストパンク/ゴスの象徴であったBauhaus解散後に、Daniel Ash、David J、Kevin Haskinsの3人によって結成されたバンドであるが、彼らはこのプロジェクトでより内面的・神秘的な探求を志向するようになった。
1986年の『Express』は、その名の通りバンドが一気にサイケデリックな世界観へと突き進んだアルバムであり、「Kundalini Express」はそのエンジンを担う楽曲であった。シンセサイザーの波、グルーヴィーなベースライン、反復されるリズムは、トランス状態を喚起させるような構成となっており、それがタイトルにある「覚醒の列車」のイメージと完璧に呼応している。
当時のUKロックシーンでは、ニューウェイヴやポジティヴ・パンクの余波の中で、より精神的で瞑想的なテーマを扱うバンドは少数派だった。その中でLove and Rocketsは、性と悟り、ダンスと神秘を同列に語るスタンスを確立し、後の90年代のオルタナティブ〜レイヴ文化の到来を先取りしていたとも言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
(引用元:Genius Lyrics)
This is an announcement / For the transcendental run / The train now standing / Leaves for higher planes
これはアナウンスです——超越の旅へ向かう列車がまもなく出発します
High on the ecstasy train / The express Kundalini
エクスタシーの列車に乗って——それがクンダリーニ・エクスプレス
You can take it if you want / And you can leave it if you dare
乗るのも自由、降りるのも勇気が要る
This state of mind is everything
この精神の状態こそがすべてなのだ
この冒頭のセクションはまさに「出発のアナウンス」であり、現実を離れ、異なる意識状態へと入っていく準備を整える“儀式”のような響きを持つ。Kundaliniという語が持つスピリチュアルな重量を、軽快なリズムとビートに乗せて“通勤列車のように”語ってしまうそのユーモアと反骨精神は、Love and Rocketsの真骨頂でもある。
4. 歌詞の考察
「Kundalini Express」は、Love and Rocketsの音楽の中でもとりわけ身体性と精神性が緻密に絡み合った作品である。
“列車に乗る”という比喩は、古来よりトランジション(移行)や啓示の象徴とされてきたが、ここではそれが“クンダリーニの覚醒”と結びつけられている。しかも、その覚醒は苦行や修行の末に訪れるのではなく、踊り、酩酊し、快楽に身を任せることで達成される——という、まさに80年代的、ポストモダン的な転倒がなされている。
また、リリックの中には「I got a feeling I can’t explain(言葉にできない感覚)」というような表現も散見され、Love and Rocketsが**“言葉を超えた体験”を目指していたことが伝わってくる。宗教的な探求をロックと結びつけるという構造は、The DoorsやGeorge Harrisonなどの系譜にも連なるが、「Kundalini Express」はそれをポストパンク/ニューウェイヴの文脈に落とし込んだユニークな例**といえる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Lucifer Sam by Pink Floyd(Syd Barrett era)
サイケデリックで神秘的な旋律と不条理な歌詞の先駆的作品。 - Tomorrow Never Knows by The Beatles
インド哲学とロックの融合、リズムと精神の解放を模索した歴史的名曲。 - She’s in Parties by Bauhaus
よりダークで演劇的な側面を持った“前身バンド”による音の儀式。 - I Zimbra by Talking Heads
意味の不明な言葉とリズムを使い、意識変容を表現したアートポップの傑作。 - The Perfect Kiss by New Order
反復と高揚を武器に、官能と冷静のあいだを行き来するエレクトロ・ロック。
6. ロックンロールは“覚醒の乗り物”になりうるか
「Kundalini Express」は、Love and Rocketsが提示した**“音楽を通じたスピリチュアルな旅”のマニフェスト**であり、バンドのビジョンがもっとも明快に語られた1曲でもある。
悟りや精神の目覚めは、静かな座禅の中でしか得られないものではない。欲望を否定するのではなく、そのエネルギーを使って次の次元へと突き抜けていく——それがLove and Rocketsの哲学であり、「Kundalini Express」が持つ音楽的な“加速”なのだ。
この曲は、宗教でも哲学でもなく、ロックンロールという高速列車にすべてを託す。
その音に身を委ねたとき、あなたは現実の駅から離れ、どこか知らない次元へと連れて行かれるかもしれない。
そしてそこで感じるのは、“目覚めた自分”なのか、それとも“夢見ていたままの自分”なのか——それは、乗ってみなければわからない。
乗るか、降りるか。
それが「Kundalini Express」なのである。
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