発売日: 2014年3月14日
ジャンル: ダンスポップ、シンセポップ、エレクトロポップ、R&B
キスに込められた願い——Kylieが描く、愛とポップの“今とこれから”
X(2007)、Aphrodite(2010)と続いた華麗なダンスポップ路線を経て、Kylie Minogueが放った14作目のスタジオ・アルバムが、このKiss Me Onceである。
本作は彼女にとって初のRoc Nation(Jay-Z率いるマネジメント)との契約後に制作されたアルバムであり、グローバルポップ市場への本格的な“再挑戦”とも位置づけられる。
製作陣にはSia、Pharrell Williams、Greg Kurstin、MNEKといった実力派が並び、音像は非常に現代的かつ多様性に富んでいる。
一方で、Kylieらしい優雅さ、甘美な声、そして“軽やかなエロス”は失われておらず、アルバム全体にわたって“愛を信じるポップ”という信念が貫かれている。
だがその愛は、夢想的なものではない。
失われること、疑われること、更新されること——そうした“リアルな愛”の表情が、ダンスビートとともに静かに、そして熱く息づいている。
全曲レビュー
1. Into the Blue
アルバムの幕開けを飾る、解放感に満ちたポップ・アンセム。
「ひとりでも私は前に進める」という歌詞が、希望と自立を象徴する。
2. Million Miles
アーバンなリズムとシンセが溶け合う、ダンサブルなトラック。
愛を求める切実さと身体性が、ビートの中で交錯する。
3. I Was Gonna Cancel
Pharrell Williamsが手がけたファンクポップ。
やる気の出ない朝の自分に向けた、自己励ましのポップソング。
4. Sexy Love
煌びやかで軽快な80s風ダンスポップ。
恋の高揚と陶酔がストレートに描かれ、シンセの光に包まれる。
5. Sexercize
R&B色の強い挑発的なナンバー。
“セクササイズ”という造語で、愛と肉体のゲームを描くミニマルな快楽曲。
6. Feels So Good
Air Franceの「It Feels So Good」をベースにした、ドリーミーなカバー。
浮遊感と囁き声が心地よく、聴く者を甘い夢の中へ誘う。
7. If Only
メロディアスで繊細なエレクトロポップ。
“もしあの時…”という未練と願いを、静かに包み込む。
8. Les Sex
タイトル通りのウィットとエロティックなムードに満ちたエレクトロナンバー。
アイロニカルな視点で“性”と“役割”を戯れる。
9. Kiss Me Once
アルバムのハートを担うタイトル曲。
「一度のキスにすべてを込めて」というロマンティックなテーマが、Kylieらしい優しさで歌われる。
10. Beautiful (feat. Enrique Iglesias)
エンリケ・イグレシアスとのバラード・デュエット。
オートチューンを用いた現代的バラードだが、エモーションは誠実に響く。
11. Fine
ポジティブで前向きなメッセージを携えたエンディング。
「きっと大丈夫」という希望を、爽やかなビートとともに届ける。
総評
Kiss Me Onceは、Kylie Minogueという存在が“変わらない美しさ”と“変わり続ける現代性”のあいだで、バランスを保とうとした一枚である。
メインストリームとアーティスト性、セクシーさと優しさ、甘さとリアリズム——それらすべてが、ポップという形式の中で揺れ動いている。
本作は決して過激でも革新的でもない。
だがその分、等身大のKylieが浮かび上がる。
恋に悩み、音楽で癒され、また踊り出す——それがKylieの真骨頂であり、ポップという普遍的言語がいまもなお生きている証なのだ。
おすすめアルバム
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Emotion by Carly Rae Jepsen
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Discipline by Janet Jackson
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