発売日: 1995年2月13日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、ドリームポップ、ポストグランジ
概要
『King』は、アメリカのバンドBellyが1995年に発表したセカンド・アルバムであり、前作『Star』(1993年)の幻想的な美学と叙情性を一部引き継ぎながら、より攻撃的で骨太なサウンドへと舵を切った転換作である。
ターニャ・ドネリー率いるBellyは、デビュー作で全英2位・グラミー賞ノミネートという華々しい成功を収めたが、本作ではポップ性やドリーム感覚よりも、“現実”に引き戻されたようなエネルギーと疲労感、そして闘争的な姿勢が前面に押し出されている。
ギターは歪み、ビートは鋭く、リリックはより暗く曖昧なメタファーで満たされ、バンドとしての強度と個としての不安定さが同居している。
結果として商業的には前作を下回り、Bellyは本作を最後に1996年に解散。だが『King』は、90年代後半の“ドリームポップ以後”の女性フロント・ロックバンドのひとつの成熟形として、今なお評価されるべき作品である。
全曲レビュー
1. Puberty
ざらついたギターと不穏なコードで始まるオープニング。
“思春期”というタイトル通り、肉体と精神の不安定な境界を音像化している。
2. Seal My Fate
アルバムの代表曲。
鮮烈なイントロと張り詰めたヴォーカルが織りなす緊張感に満ちた一曲で、「運命に封をする」という反抗的で不安定な決意が感じられる。
3. Red
重たく沈むビートとリフが支配するダークなナンバー。
“赤”という色の持つ生々しさと衝動がサウンドに転写されている。
4. Silverfish
リリカルな展開とシャープなアンサンブルが融合。
“虫”のように小さな存在をめぐる視線が、孤独や見過ごされる痛みに寄り添う。
5. Now They’ll Sleep
ミディアム・テンポの浮遊感ある一曲。
“彼らは眠るだろう”という冷めた決別の言葉が、慈しみと絶縁の狭間にある。
6. Super-Connected
タイトル通り、メディア社会や過剰な情報への皮肉が込められた楽曲。
パワフルなギターと不穏なハーモニーが、現代的な“接続過多”の疲弊を表現している。
7. Lilith
旧約聖書に登場する“最初の女性”リリスをモチーフにした一曲。
フェミニズム的な文脈も想起される、強く、恐ろしく、美しいトラック。
8. Untitled and Unsung
攻撃性と優雅さが混在するアルバム中盤の核。
「無名で無題」というタイトルが、バンドの姿勢や存在意義を問いかけているかのよう。
9. The Bees
甘くポップなメロディに乗せられた皮肉と不安。
ハチ=群れる存在に対するターニャの疎外感がにじみ出るような構成。
10. King
タイトル曲でありながら、内省的で儀式のような雰囲気を湛えたトラック。
“王”とは誰のことか? 支配する側か、押しつぶされる側か。
問いかけるような曲調とリリック。
11. Judas My Heart
裏切りと信仰、愛と諦めが交差するアルバム終盤のハイライト。
タイトルが示す通り、内なる“ユダ”を抱えた自己への葛藤がテーマ。
12. Broken
穏やかだが痛ましい1曲。
壊れたものを受け入れ、それでも続いていくという静かな再生の歌。
13. Stay
ターニャの囁くようなボーカルが印象的なラストトラック。
“とどまる”という言葉が、愛か絶望か、どちらを意味するのか——その曖昧さが心を打つ。
総評
『King』は、Bellyというバンドが自身の神話性とポップ性を脱ぎ捨て、より剥き出しの音と感情に向き合った“脱ドリーム”の作品である。
ギターはよりノイジーに、リリックはより暗く、そしてターニャ・ドネリーの歌声はより低く、深く響く。
それはまるで、夢から醒めたあとに残された“傷跡”のような音楽だ。
『Star』に魅了されたリスナーにとっては、最初は距離を感じるかもしれない。
だが、その奥にある「崩れても立ち上がる音」「優しさの裏にある怒り」に気づいたとき、このアルバムは真価を発揮する。
“King”とは決して王者の讃歌ではなく、支配と犠牲をめぐるアイロニカルな問いだったのかもしれない。
おすすめアルバム
- The Breeders / Last Splash
ターニャ脱退後にブレイクした姉キムのプロジェクト。より攻撃的な女性ロックの先駆。 - Hole / Live Through This
同年にリリースされた女性ヴォーカル主導のオルタナ名盤。激情と繊細さが共鳴。 - PJ Harvey / To Bring You My Love
フェミニズム的主張とブルース/ノイズの融合が、精神性の面で近い。 -
Veruca Salt / American Thighs
90年代半ばの女性主導ロックバンドのなかで、Bellyと同じく甘さと毒のバランスが際立つ。 -
Garbage / Garbage
電子音とギターロックの融合、ダークで官能的な歌詞の文脈で後続的影響が感じられる。
歌詞の深読みと文化的背景
『King』に込められた象徴表現は、宗教(リリス、ユダ)、神話(王)、メディア批評(Super-Connected)など多岐にわたり、ポストグランジ時代の女性たちの複雑な感情を投影している。
とりわけ「Lilith」や「Judas My Heart」といった曲に見られる、“罪”や“裏切り”というテーマは、90年代フェミニズム的視座と自己否定・回復という両義的な主題を併せ持つ。
このアルバムは、心の奥底で誰もが抱えている「王=自我」と「裏切り者=他者」のせめぎ合いの記録でもあるのだ。
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